2022年12月26日(月) 12:00
引退馬問題の全体的な進展を考えるとき、馬の利活用される場がどれだけ広がるかという点に行き着く。今回は、リトレーニングのトップランナーとして、数々の馬を社会へと復帰させてきた宮田さんに、馬の持つ可能性について尋ねてみた。宮田さん達の送りだした馬たちは、果たしてどのようなキャリアを歩んでいくのだろうか。
ホースクリニシャンの宮田さんは、これまでに50頭以上もの馬たちを次のステージに送り出してきた。では、宮田さんのもとを“卒業”した馬たちは、その後どのような進路をたどるのだろうか。
「ほとんどが乗馬クラブの練習馬になりますね。何頭かは馬術の道へと進みました。中には、セラピーホースになった馬もいます。正直なところ、サラブレッドは気質や背丈などの関係上、セラピーホースに向かないんですよ。ただ、その中でもセラピー的な要素を見出した馬に対してセラピーに特化した調教をしていったら、今までに2頭が『これなら』というレベルに到達しました。
そのうちの1頭は骨盤に20センチのずれがあり、乗馬として活躍することは難しい馬でしたが、今は軽井沢のチャレンジドジャパンさんの施設で活躍しています。
就労支援を受けている方に、ふれあいを通したホースセラピーを提供していて、スタッフの方や通所者の方に愛されているようです。」
セラピーホースとして活躍するレッドロジンカ(株式会社チャレンジドジャパン)
通常、乗馬の練習では、常歩から速歩、速歩から駈歩を要求していく。
しかし、セラピーホースのトレーニングでは、そのすべてからブレーキを効かせて停止できるようにトレーニングをするという。当然、通常の練習よりも時間を要することになる。
「セラピーを受けに来られる方々の中には、体幹がしっかりしていない人が多くいらっしゃいます。障がいを持っている方や、まだ幼い子供たちなどもそうですね。そうすると、日本は安全が第一なので、危険なシーンですぐ止まれることを優先して教えることになります」
体幹がしっかりしていない人を乗せると、馬には普通よりもかなり重たく感じるという。しかし安全性を確保するために、ゆっくりと止まるような駆歩をしなければならない。
つまり、重みに耐えながらも動きが止められるよう、筋肉を強化していかないといけない。
「馬たちの身体づくりが不十分なままセラピーホースの訓練をすると、人間の体重そのものが負担となり、常歩ですら苦痛を耐えるようなものになってしまうんです。そうすると、セラピーホースとして、良質なセラピーが提供できなくなるようになってしまいます。ですから、立派なセラピーホースに仕上げるためには、特殊なトレーニングや配慮が必要になります」
レッドロジンカと宮田さん(本人提供)
宮田さんのリトレーニングには、特に卒業試験のようなものはない。
しかし、リトレーニングが成功したと判断するラインはある。乗り手が指示を出した時やプレッシャーをかけた時に、一瞬立ち止まって考えるということができるかどうか、である。
「そう言った時に立ち止まって考えられるようになれば、今後どこで行ってもプレッシャーに耐えてくれるでしょう。いわゆる“待て”ができるのは、人間に対しての節度ある距離感を学んでくれたということの証明です。実際、乗るのもすごく楽になりますね」
また、個体認識ができるようになると、プレッシャーをストレスに感じなくなるという。宮田さんは「引退馬が社会で生きていく上で、大切なことです」と重要視する。
例えば、ふいに大きな音が鳴ったとき。プレッシャーに弱い状態であればポーンと走り出してしまうこともあるが、プレッシャーに強くなっていれば、まるで気にしないという感じで、ジッと止まっていられるようになるという。
指示通りに静止するサラブレッド(本人提供)
サラブリトレーニングジャパンでは、リトレーニング中に脱落する馬はいない。脱落する馬がでないように、トレーニングに取り組んでいる。各フェーズにおいて、やれるべきラインはあれど、各馬が次のステージに進めるまでは寄り添い続けるのだ。
「サラブリトレーニングジャパンの理事をしている角居勝彦さんが、殺処分ゼロを掲げています。そのため、送り出した馬たちの余生まで全て把握しているというのがうちのスタイルなんです。そのため、リトレーニングを卒業した馬は全てセリにかけ、次の飼い主へと引き継ぐ形を取っています。セリで売る際にも、終生飼育を前提とした売買契約をしていますよ」
馬の商売をする人たちにとって、終生飼育というのはハードルが高い。
人を乗せられなくなった馬でも、天寿を全うするまで飼育を続ける──それだけ聞けば素晴らしいが、同時期にそうした馬が増えるようなことがあれば、所属している乗馬クラブなどの財政を圧迫することにもつながってしまう。
「どこの乗馬クラブもそうだと思いますけど、使えなくなったら出すというのがほとんどでしょうから、買う方たちはそこを懸念されていますね。乗馬クラブは養老牧場ではないですから。ですから、終生飼育の約束をしたにせよ、一度売った馬がもうダメだって言って帰ってくることもあります。またそこから、僕が戻ってきた馬をセラピー馬へと作り変える、“リ”リトレーニングが始まるんですよね」
アマチュアライダーを1日に何鞍も乗せる練習馬は、競技馬としての寿命が短い傾向にある。
何度もジャンプをすることで収縮を続けていると、ダメージは蓄積される。高い障害を飛越し続けることを念頭におけば、結果的に故障馬も増えていく──。
そうしたサイクルを少しでも遅らせるために、宮田さん達は乗馬クラブに売るだけではなくて、その後に馬のケアをしながら乗ったり、心理学やナチュラルホースマンシップを使った乗り方の可能性を見せて、「こういった乗馬の形も楽しいよ」と広める活動をしている。
「セラピーだと、乗馬とは違って跨がれたら十分と考える人もいるでしょう。だから脚が悪い馬でも問題がない、と。ですが、本来は良質なセラピーを提供するために、心身共に健全な状態である必要があります。そのためのケアや、セラピーホースとともにどういったセラピーをしていくべきなのかまで、人々に伝えていく必要があります」
写真:宮田さんの講習会(本人提供)
馬とふれあう宮田さん(本人提供)
引退した競走馬のセカンドキャリアと言えば、まずは乗馬を連想するファンも多いだろう。しかし、その状況に対して宮田さんは警鐘を鳴らす。「この業界が今の姿勢のままでは、先が見えている」のだという。
「多くの人は馬が身近にいてくれたらいいねとは言いつつも、そんな時代が来ることはないと思っているはずです。どれだけ多くの人が、自分の車を買わずして馬を飼うと思いますか?
つまり、今の乗馬の概念だけで考えると、馬が広く普及するという事は、車が馬に変わることくらいしかないんですよね。ただ、馬を乗るだけのものではなく、スポーツエデュケーションの観点から見て、幅広い形で日本人の資質に触れるような、そういった活用方法を開拓して行くことができれば、馬にはもっと活躍できる場所があるはずだと、僕は思っています」
ここまで全4回を通し、“リトレーニングの極意”をテーマにお話を伺ってきた。
ホースクリニシャン・宮田朋典さんが持つメソッドは、引退馬の再調教における技術やテクニックの域を超えた、人と馬の良質な関係性を築く上で不可欠な要素であった。
今後、宮田さんのように、行動心理学やナチュラルホースマンシップを兼ね備えたホースマンが増えることで、馬の未来はより明るいものになるだろう。
(了)
取材協力:
宮田朋典
認定NPO法人 サラブリトレーニングジャパン
取材・文・制作:片川 晴喜
デザイン:椎葉 権成
協力:緒方 きしん
監修:平林 健一
著作:Creem Pan
【記事監修】引退馬問題専門メディアサイト
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