2023年06月29日(木) 12:00 72
先週の土曜日、6月24日の東京第5レースの2歳新馬戦で、三浦皇成騎手が騎乗したヴェロキラプトルが優勝。これにより、三浦騎手は、史上42人目、現役では22人目となるJRA通算1000勝を達成した。5月13日に999勝目を挙げて王手をかけてからひと月半ほど、71戦目での大台到達だった。
減っていく数字ではないとはいえ、やはりプレッシャーがあったのだろう。史上初めて騎手として通算1000勝を達成したのは、日本にモンキー乗りをひろめたことでも知られる保田隆芳氏だった。達成したのは1963年。それからの60年で、中央のGI級レースを未勝利のまま通算1000勝に到達したのは三浦騎手だけである。言わずもがなではあるが、だからといって、不名誉な記録などではもちろんない。
三浦騎手は、2014年にディアドムスで全日本2歳優駿、2022年にダンシングプリンスでJBCスプリントと、統一GIを2勝している。これまでJRA・GIに114回騎乗しており、2014年のNHKマイルカップと安田記念で2着になったほか、スマイルジャックに騎乗した2010年と11年の安田記念をはじめ、3着が7回ある。何回も、近づいてはいるのだ。
1984年のグレード制導入以降、JRA・GI初勝利までに最も多くのJRA・GIに騎乗したのは、2018年のNHKマイルカップ(ケイアイノーテック)でJRA・GI初制覇を遂げた藤岡佑介騎手で、86戦目だった。次が、2012年のNHKマイルカップ(カレンブラックヒル)で初勝利を挙げた秋山真一郎騎手の55戦目。2002年の安田記念(アドマイヤコジーン)で初勝利をマークした後藤浩輝騎手が54戦目でつづく。回数を要しているのは、いい騎手ばかりだ。
JRA・GI初勝利に最もキャリアを要した騎手は、1991年の阪神3歳牝馬ステークス(ニシノフラワー)で初勝利を挙げた佐藤正雄氏で、23年目だった。2番目が1990年のマイルチャンピオンシップ(パッシングショット)で初制覇を遂げた楠孝志氏の22年目。半年ほどの差で、2006年の皐月賞(メイショウサムソン)で初勝利をマークした石橋守調教師の22年目、となっている。こちらも実力派ばかりである。
三浦騎手は今年16年目。33歳と、これからピークを迎える年齢だ。チャンスは何回でも訪れる。焦らず、でかいところを狙える相棒を探しつづけてほしい。デビューした2008年、武豊騎手の69勝を大幅に更新する91勝という新人最多勝記録をマークし、脚光を浴びた。私はデビュー前にもインタビューしたことがあるのだが、頭のよさに驚かされた。一度40歳くらいまで「騎手・三浦皇成」として生きてから、再度、10代後半の若者となって生き直しているかのような、老成した計算深さと冷静さが、あのころからあった。デビュー前から騎乗技術に対する評価も高く、一流騎手になるために必要なものを最初から持っていた。その才能が場数を踏んでさらに磨かれ、ここまで来た。
一度GIを勝てば、最多タイの19回目の挑戦でダービージョッキーとなったら、その後3年でさらにダービーを2勝した福永祐一調教師のように、方法論を自分のものとして、何度でも勝てるようになるだろう。
傍から見て前から思っていたのは、もっと単純に、誰かの模倣をしてもいいのではないか、ということだ。GIを繰り返し勝つ騎手というのは限られているので、マネるべき手本はそう多くはなく、絞りやすい。これまで114回JRA・GIに騎乗した自分とは違う騎手になってみることで、見えてくるもの、つかめるものがあるような気がするのだが、どうだろう。
余計なお世話かもしれないが、とにかく、彼には大きく羽ばたいてほしい。というか、もっと羽ばたかなくてはいけない騎手だと思っている。さらなる活躍を楽しみにしている。三浦騎手が通算1000勝を達成した日、障害・重賞の東京ジャンプステークスが行われた。出走馬が障害を飛越するたびに「おおっ」と場内に声が響いた。人間ならよじ登って向こう側に行くのも大変な障害を軽々と跳び越えるサラブレッドという生き物はすごいな、と、つくづく思った。
持っている能力をできる限り引き出して競う、という点で、競馬は人間の勉強やスポーツと同じだ。それがあるから様々な産業が成立する、という点でも共通している。
ひとつ違うのは、人間の勉強やスポーツを廃止させようとする動きは(私の知る限り)ほとんどないに等しいが、競馬は、動物愛護や、IR(カジノを含む統合型リゾート)反対などと同じ観点から、廃止に持って行こうと本気で考えている人間が世界中に一定数いる、ということだ。主な理由は異なるとはいえ、2013年にはアメリカのハリウッドパーク競馬場、2021年にはアーリントンパーク競馬場が廃止され、来年秋にはシンガポールのクランジ競馬場も閉鎖されるなど、メジャーな競馬場がなくなってしまうという、にわかには信じがたいことが現実に起きている。日本でも、鞭の使用回数を制限するようになるなど、廃止派による圧力から逃れる方向に動き出していると言える。
先々週も当欄で述べたように、競馬法があるから競馬は産業として成立しているのだが、その大前提に、公正な運営がある。先々週、騎手によるスマホの不正使用に関して「大人数」と記したとき、「それがなぜマズいかというと、『組織的』とみなされる恐れがあるからだ」と書こうかどうしようか迷って結局やめたのだが、今週、JRAは、騎手が調整ルームに入った段階ですべての通信機器を預けることにするという再発防止策を打ち出した。廃止派からかけられ得る圧力に対して先手を打った形だ。さすが、公正に関することは動きが早い。違反した6人を圧力から守るためにも、これはよかったと思う。
今週から函館開催は折り返しに入り、東京と阪神から、福島と中京に舞台が移る。夏競馬がスタートする。
島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。
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