2023年08月21日(月) 12:00
競馬を引退したサラブレッドをホースセラピーの場面で活かす考え方が広まりつつある。
井上先生は、ホースセラピーでサラブレッドを用いる利点として「早い時期から人を頼って生きることを知っている点」だと語った。
「ホースセラピーでは、馬が人とのつながりを持つことが求められます。
その点、育成牧場などでしっかり人との信頼関係を結んできた競走馬であれば、セラピーでも人と繋がりを持つことは得意なのかなと思います。ただ、サラブレッドは早くに母仔が離れ離れになってしまいます。理想をいえば、ある程度は母馬のもとで自然に育てられ、馬同士の社会性を学ぶことも精神的な成長のために必要ではないかとは思います」
サラブレッドは走るために生み出され、闘争心が植え付けられているともいう。こういった馬は、セラピーには向いていないのだろうか。
「確かに闘争心が強い馬や、人との距離感が難しい馬もいるのも事実です。
しかしそういった馬にも活躍の可能性があると考えています。
たとえば、難しい気性であることから、距離感を取るのが難しい馬がいたとします。
そういった馬を前にすることで、何を求めているのか、どう接するべきか、ことばの壁を超えて考えて行動することができます。そういう経験を重ねることで、対人関係や社会生活でも役立つ『相手をよく観察し考えを推察すること』『相手との距離感』を学ぶことができると考えられます。
したがって、特定の性格だから向いている、向いていないということはないと思います。
この他、身体のリハビリを目的とするならば、できるだけ体の歪みが少なく、左右のバランスがよいことが求められます。
またセラピーを受ける人の体格や身長に合わせて、体高で馬を選ぶこともあります。
メンタルの観点からいえば、対人的な傷つきがあり、不安が強い人にはなるべく穏やかな馬を選ぶ方が安心かもしれません。
ホースセラピーは対象者の課題に応じたプログラムを組むという性質上、その課題にふさわしい馬を選ぶことが求められます。言い換えれば、安全に配慮した上でセラピーを受ける人の課題に合致しているのであれば特定の種類や性格の馬でなくても活躍できると思います」
いかなる馬でも、必要とされる場面があれば活躍の道を得られる分野といえる。
しかし馬を用いるという性質上、適切な飼養管理や調教などの資金はどうしても必要にはなってくる。この課題について、井上先生は具体的な解決策の事例を語った。
写真:うまJAM 提供
「近年は行政の補助金や助成金と掛け合わせるケースがみられます。たとえばホースセラピーを『放課後等デイサービス』などの福祉事業所として運営し、人材確保や人件費の助成を得るというももがそのひとつ。利用者も福祉サービスの受給者証があれば、利用料の9割を自治体が負担するので、自己負担額は1割で通うことができます」
怪我や年齢を理由に人を乗せられない馬もいるだろう。特に井上先生は、そういった馬のセラピーの発展にも期待を寄せているという。
「人を乗せられない馬でも、その馬の個性や性格を必要とする場面があれば、どんな馬でも十分活躍の場を得られます。セラピーにおいては、必ずしも人を乗せる必要はありません。
そしてまさに今、世界的に乗馬を必要としないプログラムが発展しつつあります。
たとえば海外では心の課題に向き合うホースセラピーの一種である『EAP(馬介在心理的療法:Equine Assisted Psychotherapy)』が発展していますが、この中には乗馬をしないプログラムも作られています」
ホースセラピーの世界では、人の悩みに応じて求められる馬がいることがわかった。
競走の役目を終えた馬のみならず、セリで買ってもらえなかった馬。走る才能を認められなかった馬や気性の難しい馬。
ホースセラピーにおいては、いかなる馬でも「診察室でできないことができる」可能性がある。
そのためにも医療専門職も含めた多くの人がホースセラピーを知り、実際に課題解決策として取り入れ、経験や知識を共有していくこと。そうすることでホースセラピーは発展し、ゆくゆくは人と馬の双方にとって大きな助けになるといえる。
「ホースセラピーの知見やエビデンスの収集は、まだまだ発展途上です。しかし『馬活動(馬に関する活動)』をしている人は、馬のセラピー効果を確かに実感しているのではないでしょうか。
ホースセラピーは人を乗せられない馬にとっても希望になると信じています。だからこそより多くの根拠や知見を集約して、さらなる発展を期待しています」
先生の夢は、『馬介在心理的療法(EAP)を実践する牧場を作ること』(写真:本人 提供)
(了)
取材協力:
井上 悠里
まな星クリニック
取材・構成・文:手塚 瞳
協力:緒方 きしん
画像提供:井上悠里 うまJAM
監修:平林 健一
著作:Creem Pan
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