3割は希望が通らない!? 頭を悩ませる“理想の配合”と“ビジネスの現実”|老舗生産牧場代表が語る“種牡馬の選び方”1/2(新冠橋本牧場 橋本英之)

2024年01月15日(月) 12:00 43

『Loveuma.』では、「人にとって馬がより身近な存在になることで引退馬問題が前進する」と定義し、人と馬にまつわる様々な情報発信を行ってきた。

 その中でも『Loveumagazine』は、「馬と共に生きる人が語る、あまり知られていなかった話」をコンセプトに、馬生のカギを握る業界内のトップランナーたちに“あまり知られていない情報”を訊くコンテンツだ。

 今回は、競走馬の生まれる前、つまりは種付けに着目。これから始まる長い競走生活の第一フェーズである種付けこそ、それぞれの馬の一生に大きく影響を与える重要なものという考えを前提に据えて、新冠橋本牧場代表・橋本英之さんに、配合する種牡馬の選び方について話を伺った。

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▲新冠橋本牧場代表 橋本英之さん(本人提供)

種牡馬を選ぶ際の基準

 1966年に設立された新冠橋本牧場は、日本有数の馬産地で57年続く老舗の生産牧場だ。過去にはダート重賞5勝を挙げたメイショウトウコンやスノーエンデバー、近年でも京都金杯、エプソムCを勝利したザダルなどを輩出。現在は45頭の繁殖牝馬を保有し、毎年30頭前後が生産馬として血統登録を行っている。

 種牡馬を選ぶ基準にも様々な要素があるなかで、新冠橋本牧場では、どのように配合を決めているのだろうか。

「繁殖牝馬に合わせた配合というのが第一ですね。この繁殖牝馬にはこういう血が入っている種牡馬との相性が良さそうだ…とか、兄姉はこの種牡馬との配合で活躍馬が出ているし似たような血統構成の種牡馬を試してみよう…とかですね」

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▲配合を考え誕生した仔馬(母:シャンスイ 父:キタサンブラック)(本人提供)

 まずは繁殖牝馬との血の相性や、産駒の傾向をもとに判断しているようだ。

 血の相性については、一般販売もされている書籍でも「その種牡馬はどういった繁殖牝馬との配合で活躍馬を出しているか」というデータを調べることが出来る。橋本さんはそれら書籍での研究に加え、実際にそこへ名を連ねるような血統評論家に配合の相談をしているそうだ。

 また、産駒の傾向は競走成績に限らず、“仔出し”にも着目しているという。

「血統や競走成績だけではなく、生まれてくる仔馬を見て選んでいます。想像しやすい例であれば、『この繁殖牝馬の子供は毎年小さいな』という場合は、大きめの種牡馬を試してみるとかですね。あとは、動きの硬い繁殖牝馬に、しなやかで柔らかい種牡馬を付けてみるのも王道でしょうか」

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▲母ジョディーズロマンの産駒たち(1枚目:ディスクリートキャット産駒、2枚目:ダンカーク産駒、3枚目:ディスクリートキャット産駒、4枚目:モーリス産駒)(本人提供)

 ただし仔出しについては、一つの牧場で得られるサンプルは決して多くない。特に導入されて日の浅い種牡馬ともなれば傾向も掴みづらく、配合を考える上で大事なデータが足りないこともある。そのため、生産者間でも情報の共有が行われているようだ。

 ただ、新種牡馬に限っては、導入から2年目に初年度産駒が生まれる関係上、仔出しを見て選ぶことが出来ない。では、橋本さんは新種牡馬を付けるか否かを、どのようにして判断しているのだろうか。

「種付けシーズン前に『種牡馬展示会』が各種馬場で開催されます。そこで、『この馬は良い馬体をしているな』とか、『この馬いい動きをしているな』と目に留まる種牡馬がいれば、(種付けをする)候補に入れることもあります。『あの繁殖に付けてみたいな』というように、繁殖牝馬とセットで考えていますね」

 新種牡馬の中でも種付け料が高い馬には、現役時代に輝かしい成績を残しているなど、何かしらの理由がある。ただ、実際に展示会で見てみると、「あれ?」と疑問符を付けたくなる馬もいるようだ。逆に前評判がそれほど高くないような手頃な種付け料の新種牡馬でも、実際に目にすると「良い馬だな」と思えるパターンもある。だからこそ「種牡馬展示会」に足を運び、実際の馬を見て吟味するのは、生産牧場にとって重要なのである。

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▲種牡馬展示会の様子(本人提供)

 また先述したファクターとは別で、「マーケットブリーダー」として意識するポイントがあるという。

「基本的に、生まれた馬を売らなきゃいけません。売るには、購入を検討している人々から興味をもたれる必要があります。目を引くには、買い手にも“刺さる”種牡馬である点が重要です。そのため、競馬界のトレンドも十分に意識しています」

 新冠橋本牧場は生産馬をオーナーへと売却する「マーケットブリーダー」であり、現在は市場取引4割、庭先取引6割という構図になっている。市場に訪れるオーナーの中には「いま話題の、あの種牡馬の産駒を一頭でも良いから買っておきたい」という狙いをもって参加する方もいるだろう。そういった点ではトレンドを意識して、“お眼鏡にかなう”ラインナップを取り揃えておくことも重要なのである。今で言えば、2022年の年度代表馬となったイクイノックスの父キタサンブラックや、有馬記念優勝馬エフフォーリアや三冠牝馬のデアリングタクトなどの活躍馬を次々と輩出しているエピファネイアなどがトレンドとなっているようだ。

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▲トレンドを導入した配合で誕生したエストレヤデベレン(父:エピファネイア)(本人提供)

必ずしも叶う訳ではない「理想の配合」

 こうして様々な基準をもって考え出された“理想の配合”たち。 

 しかし全てを実現することは難しいのが現実だ。生産牧場側の予算事情も影響してくるからである。極端な例で言えば、取材を行った2023年シーズン時点で国内最高額の種付け料を誇るエピファネイア(1,800万円)は当然良い種牡馬だが、だからといって、すべての繁殖牝馬にエピファネイアを付けていては採算が合わなくなる。

「いくらエピファネイアといえど、これまで全然活躍馬を出していない繁殖牝馬との配合であれば、種付け料に見合った値がつきません。生まれた後に売るということも踏まえた上で、それに見合った種牡馬を配合することを考えています」

 牧場としては種付け料に加え、そこまでに掛かった人件費を含む飼養管理費を、馬を売ることで回収しなくてはならない。いくら優秀な種牡馬の産駒といえども、ブラックタイプ(牝系の系図)に値段相応の魅力が無ければ、牧場側が提示した金額で買い手が付くことは難しい。

 事実、新冠橋本牧場が所在する地域で毎年7月に行われる「セレクションセール」の、2023年の平均価格は、税別で約2,084万円となっていて、種付け料1,800万円のエピファネイアばかり付けていては赤字になってしまうことが想定される。限られた予算の中で現実的なラインを見極め、それ相応の配合を考えていく必要がある。

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▲日高軽種馬農業協同組合北海道市場『せり結果速報』をもとに作成(Creem Pan)

「繁殖牝馬にも、自分たちでランク付けをしておきます。走る仔を出しているとか、血統が抜群に良いとか…逆に少し血統が落ちるとか、活躍馬が出ていないとか。繁殖牝馬と種牡馬のランクをある程度合わせて、そこから相性の良さそうな配合を考えています。競走馬生産を商売として成立させるための策ですね」

「3割くらいは希望通りにいかない」という現実

 牧場側が種付けを希望する繁殖牝馬と種牡馬のリストが完成してからも、まだまだ平坦な道になるわけではない。実際に種付けをするとなった際には、そのリスト通りにはいかないのが現実だという。

「種牡馬は最高でも1日3回しか種付けできないんです。同じ日に4~5件の予約が来てしまうと、相手から断られてしまうこともあります」

 種付けは繁殖牝馬が発情を迎え、排卵をする少し前に行うものである。種牡馬が空いている時ならいつでもOKという訳ではない。排卵周期と種牡馬のスケジュールが噛み合わなければ、希望した配合は実現不可能となる。

 ただ、馬の排卵周期は約3週間と言われており、希望した種牡馬が捕まらなかったからといって次の排卵を待っていては、繁殖シーズンも“あっという間”に過ぎ去ってしまう。

「種付けの予約を入れるのは、(種付けをする)前日であることが多いです。ですので、『付けられません、厳しいです』となった時には、すぐに第2候補を考えないといけません」

 人気種牡馬を第1候補としている場合は、予約時に断られる可能性も考慮し、事前に第2候補を考えておいた方がスムーズに移行できるようだ。この際、第2候補とする種牡馬は、第1候補と同じ種馬場から選ぶことになるのかと思いきや、そうではないらしい。

「基本的に、場所は関係なく考えています。もちろん同じ種馬場の方が、『今日明日だと、この種牡馬だったら空いていますよ』という情報が分かるので、“たらい回し”にならずに済むというメリットはありますね」

 なお、牧場側から聞けば、予定の空いている種牡馬の中から、第1候補と似た血統背景を持つ種牡馬なども教えてくれるようだ。タイミングを逃せない牧場側にとっては、心強い後押しになることだろう。

 そして実際に、希望していた第1候補が付けられないことは、新冠橋本牧場でもよくある話なのだという。

「正直、全部を希望通りに付けられたということは無いですね。今年も、3割くらいは間違いなく第1候補から変えています」

 そしてもう一点、難易度をあげているのが、受胎率だ。仮に第1候補の種牡馬との種付けが叶ったとしても、一度で受胎しなければ、次の排卵を待って二度目の種付けに向かわなければならない。その際、第1候補としていた種牡馬のスケジュールと噛み合わなければ、やはり第2候補へと変える必要がある。逆に、一度目で第1候補の種牡馬とタイミングが合わずとも、第2候補の種牡馬を付けて受胎せずに二度目で第1候補の種牡馬との配合が実現するケースもある。こればかりは“タイミング”に尽きるのだ。

シンジケートと種付け優先順位

 前章で、種付けの予約をする際に種牡馬のスケジュール都合により断られるケースを紹介したが、この優先順位はどのようにして決まっているのだろうか。

──ここには、「種付け権」の存在が大きく関わっている。

 競走を引退し種牡馬となる際、一部の種牡馬にはシンジケートという組織が組まれる。これは株主の集まりを指す用語で、シンジケートを組まれた種牡馬はその株を数十株に分けて分配される。そして株主は保有している株数に応じて、1株につき1頭分の「種付け権」を得ることになる。一度付けても受胎しなかった場合は、再度同じ繁殖牝馬に付けることもできるし、別の繁殖牝馬に付けることもできる。

 株主は、一般の株式会社と同じように、種牡馬が稼いだ種付け料を配当として、株数に応じて得ることができる。そこに優待のような形で「種付け権」も付いてくるといったイメージだ。なお、飼養管理費などの経費も、株数に応じて負担する必要がある。

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▲JRA『競馬用語辞典』シンジケートと取材をもとに作成(Creem Pan)

 株主はいわば“種牡馬の共同所有者”のため、まず株主が最優先となる。それ以外は“空いていれば”といったスタンスだ。 以降の優先順位だが、株主の次に「事前予約」というものが存在する。

「種付けシーズンが始まる前に、例えば『今年ヘニーヒューズを一頭お願いします』といったように、事前に予約をしておくことができます。そして種付けのタイミングになったら、『予約していましたので、明日お願いします』と改めて連絡する形です」

 毎年、年末になると各種馬場から種付け料が発表される。そのタイミングで、「恐らくこの馬は付けるだろうな」という種牡馬に関しては事前予約を入れておく。そのことで、当日の混み具合にもよるが、優先順位が上がり断られにくくなる訳だ。

 そして優先順位が最も低いのが、「飛び込み」の依頼である。これは、前日もしくは当日に電話で確認をするもので、前述の「株主」や「事前予約」で3回分が埋まっていた場合には、断られる可能性が非常に高いと言える。また、予約者が複数いる場合だが、「もう予約でいっぱいです」と最初から断られるような先着順らしきところもあれば、「混み合っているので、こちらで調整して連絡します」というケースもあり、その扱いは種馬場によって違うようだ。種馬場側でも種牡馬に良い繁殖牝馬を集めるため様々な検討や考慮、調整がされているはずだ。その検討では、優秀な産駒を輩出してくれそうな“質の良い”繁殖牝馬が優先されるはずで、競走馬たちの競走は、生まれるよりさらに前の段階から既に始まっているということが改めて感じられる。

(次回は2024.1.22公開予定です)

取材協力: 橋本 英之 (有)新冠橋本牧場

取材・文:片川 晴喜

デザイン:椎葉 権成

協力:緒方 きしん

社台ホースクリニック 鈴木 吏 獣医師

写真提供:追分ファーム 伊比 太佑 獣医師

監修:平林 健一

著作:Creem Pan

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