「ジョッキーたちは、命を守り合う仲間」人馬の命を守るため──より強く持ち続けたい思い【In the brain】

2024年04月18日(木) 18:01

 4月6日、起きてほしくないと思い続けてきた事故が起きてしまいました。

 事故は起こり、そして康太が旅立ってしまった。落馬したという事実だけを切り取れば、先行馬との距離が近すぎたことが原因なので、事象そのものは当該馬に騎乗していた騎手の責任です。当然、周りにいたジョッキーたちは誰も悪くない。かといって、康太が雑に乗っていたのかとなると、決してそんなことはない。ただ、あの瞬間、ほんの少し、本当にほんの少しだけ、前の馬との距離が近すぎてしまった。
 
 康太への想い、思い出は、僕の心にあります。ここで僕がお伝えしたいのは、ほんの数センチの差で、ああいった事故が起きてしまう危険な部分もあるのが『競馬』だということ。死につながる事故がJRAでは20年間起こらなかったというだけで、そういった事故が起こる可能性は往々にしてあるという現実です。僕はその現実を重く、深く受け止めたうえで、華やかなだけではないジョッキーという職業と向き合い、競馬に乗ってきました。

 だからこそ、僕は周りのジョッキーたちに対して厳しく言い続けてきた。もちろん、僕も人の邪魔をしてしまうことがありますから、自省と自制も込めてです。

 その大きな理由が、20年前に起きた竹本(貴志)先輩の事故です。竹本先輩は僕より2つ上の18期生でしたが、競馬学校卒業後の騎手免許試験で不合格となり、翌年は試験直前の骨折で試験を受けられず、僕たち20期生と一緒に試験を受けて合格し、2004年の3月に僕らと一緒にデビューしました。

 その竹本先輩が、デビューから4週目の障害レースで落馬。その事故で命を落としてしまった。一緒にデビューした竹本先輩が、たった1カ月でこの世を去ってしまったという出来事は、デビューしたばかりの僕にとって受け入れ難い現実であり、強烈な実体験として強く残りました。

 だからこそ、ともすれば事故につながるような騎乗をする後輩には、厳しい言葉で強く強く言い続けてきました。もちろん、デビューして日が浅い子は技術も余裕もなく、キャリアの浅さゆえの不用意な動きであることもわかっています。でも、それらを見過ごしていたら、彼らは事の重大さに気づかず、取り返しのつかない事故を起こしてしまうかもしれません。ある程度のキャリアを積んだジョッキーであれば、なおさら自分がした動きの危険性はわかるはずです。

 嫌われて構わない。うるさいと思われて構わない。大事なのは誰も命を落とさないこと、できるだけ誰もケガをしないことです。そういう思いで、強く、厳しく言い続けてきたので、世間も含めて今の僕のイメージが出来上がっているのだろうと思います。

 先輩後輩を問わず、僕に対して「うるせぇな」と思っている人はたくさんいると思います。でも、僕はむしろ「うるせぇな」と思ってほしいと思っています。そう思うことで、少しでも気を付けることにつながるのであれば、僕はそれでいい。

 なぜなら、すべてのジョッキーにケガをしてほしくないし、命を落とすようなことになってほしくない。誰かにケガをさせてしまうような経験もしてほしくない。そしてもちろん、僕も自分の身を守らなければいけない。だからこそ、立場が変わってからはなおさらですが、強く厳しくうるさく言い続けてきました。

 それを恫喝だなんだと、世間の人が面白おかしく言っていることもわかっています。ジョッキーカメラが導入されて以降、レース中の音声も世間のみなさんが知ることになって、なおそういった心ない言葉が増えたことも実感しています。SNSがこれだけ発達した今、匿名で好き放題書けますからね。

 僕がレース中に引っ張ったシーンなども面白おかしく編集されて、動画として上がっていることも知っています。そういった人を嘲笑するような動画や言葉──。競馬を楽しんでくれているのであれば、ちょっと考えてみてください。

 一歩間違うと、今回のようなことが起こるんです。命を落とすんです、僕らは。馬の命を守るため、自分と周りのジョッキーの命を守るために、引っ張らないといけない瞬間がある、声を出さなければいけない瞬間があるんです。

 これはもちろん僕に限った話ではなく、世界中すべてのジョッキーが、レースの中で命を守るためにやらなければいけないことです。レース中に注意喚起の声を出すことにしろ、危険を避けるために馬を引っ張ることにしろ、危険回避をしたジョッキーに対して心ない言葉をぶつける前に、なぜそういう行動を取らざるを得ないのか、ひとつしかない命を持つ同じ人間として、考えてみてほしいと思います。

 康太の事故があった先々週、そして訃報が伝えられた先週と、僕らジョッキーは誰しもがまともな精神状態でいられる状況ではありませんでした。とはいえ、レースの間だけでも気持ちを切り替えてしっかり乗らないと、また新たな事故が起こる可能性があります。

 先週、康太とつながりが深かった子たちには、「馬に乗っていない時間に考えてしまうとか、気持ちが競馬に向かないとか、それはもうしょうがない。でも、馬に乗っている間だけはしっかりと気持ちを切り替えて、競馬のことだけに集中して、気を付けて乗るんだよ」と伝えました。後輩にそう言いながら、僕自身にも言い聞かせていたわけですが、正直、気持ちのコントロールがとても難しかったです。

 そんななか、兄として、藤岡健一調教師の息子として、騎手会のひとりとして。いろんな立場で気丈に振る舞っていた佑介。

 覚悟を持ってジョッキーという仕事をしているとはいえ、実際にこういうことが弟の身に起きた。僕らには計り知れない不安と悲しみのなかにいるはずなのに、周囲を気遣った振る舞いをし続ける佑介の姿を目の当たりにし、ただただ人間としての強さを感じました。さすがです。改めてすごい奴です。

 ご存じの通り、ジョッキーとは数を競う仕事。ですが、最優先するべきは、お互いの命を守り合い、安全に乗ること。ジョッキーたちは、命を守り合う仲間です。その大前提のもと、どの馬が勝つのかを競うのが競馬です。

 最初に書いた通り、康太の件は誰も悪くない事象でしたが、これからも変わらず、誰にも危ない思いをさせることなく、自分も危ない思いをすることなく、安全に乗ったうえで競い合うという思いを、みんながより強く持ち続けないといけない。

 そして、そのための行動をみんなが取り続けなければいけない。人馬の命を守るために、どんなに嫌われようがこれからも厳しく言い続けていくのが僕の役割だと思っています。と同時に、厳しく言う必要がないくらい、高い意識を持ってみんなで無事に乗っていけたらと思ってます。

 そして、できるだけ早く、心からお客さんに楽しんでもらえる週末が戻るように。佑介の言葉にもありましたが、きっとそれを康太も望んでいるはずですし、僕らジョッキーもそう願っています。

 これからもよろしくお願いします。

(取材・構成=不破由妃子)

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

川田将雅

1985年10月15日、佐賀県生まれ。曾祖父、祖父、父、伯父が調教師という競馬一家。2004年にデビュー。同期は藤岡佑介、津村明秀、吉田隼人ら。2008年にキャプテントゥーレで皐月賞を勝利し、GI及びクラシック競走初制覇を飾る。2016年にマカヒキで日本ダービーを勝利し、ダービージョッキーとなると共に史上8人目のクラシック競走完全制覇を達成。

関連情報

新着コラム

コラムを探す