【川須栄彦騎手】「本当に大きな存在」シャマルとかしわ記念を制覇──レース前に相棒から感じた“メッセージ”(前編)

アプリ限定 2024年05月14日(火) 18:03

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▲シャマルとかしわ記念を制した川須栄彦騎手に独占取材(撮影:高橋正和)

5月1日に船橋競馬場で行われたかしわ記念。シャマルと川須栄彦騎手のコンビが人馬共にGI級競走初制覇を果たしました。今回はデビューから16度手綱を取り、待望のビッグタイトルに導いた川須騎手にインタビュー。

レース前にはシャマルから“あるメッセージ”を言われた気がしたなど、熱戦を振り返りながら、随所に人馬の絆が窺えます。一時乗り替わった時期には、川田将雅騎手が声をかけてくださったというエピソードも。「ジョッキー人生で一番長く時間を共にしている馬」への“想い”とこれまでついて語っていただきました──。

(取材・構成:不破由紀子)

かしわ記念を終えて...「どんな出来事にも意味があった」

──シャマルとともに挑んだかしわ記念で見事GI級競走初制覇。川須騎手、本当におめでとうございます!

川須 ありがとうございます。

──2011年に始まった『キシュトーーク!』の頃からずっと川須騎手の戦いを見てきたので、なんだか感動しちゃいました…。

川須 ホントですか? うれしいです(笑)。

──歓喜の勝利から1週間が経ちましたが(取材時点)、現場ではまだお祝いムードが続いているのでは?

川須 そうですね。トレセンでは今もいろんな人から「おめでとう!」と声を掛けてもらいますし、「GIジョッキー!」と言ってくださる方も多くて。かしわ記念当日も、朝はいつも通り調教に出てから船橋に向かったんですが、そのときもすごくたくさんの方から「今日、頑張ってよ!」とか「勝ってこいよ!」と言ってもらって。その時点で「ああ、こんなに応援してくれている人がいるんだな」と感じて、力になりましたね。

──逆にプレッシャーになったりしなかった?

川須 いえ、何の不安もなくレースに向かえたので。枠(4枠5番)が出た時点で、それほど考えることは多くないなという感じでしたし、普段から毎日コミュニケーションを取らせてもらっているので、あとはいかに自分とシャマルの走りをいつも通りできるかだけでした。

──なにしろシャマルとはデビュー戦からの付き合いですし、毎日コンタクトを取っていることで、馬との信頼感も自然と深まりますよね。

川須 そうですね。普段の調教では、いつも僕がシャマルに「大丈夫だよ」と声を掛けるんですけど、今回はむしろ、シャマルから「大丈夫、任せとけ!」と言われているような気がして、頼もしい馬になったなと思っていたんです。

 僕自身、船橋競馬場で乗るのは初めてで、右も左もわからない状態のなか、しかもあの悪天候で。でも、シャマルは平然としていて、前走の黒船賞同様、活気があってすごくいい雰囲気でした。体も研ぎ澄まされた状態といいますか、無駄なものがまったくないような仕上がりで、それを見た瞬間、「ああ、今日も大丈夫だろう」と思えたし、実際に跨ってからも体調の良さが伝わってきましたからね。

──最終的に6番人気という評価でしたが、川須騎手ご自身は、その評価以上に手応えを感じていたんですね。

川須 僕もそうですが、松下(武士)先生も。「シャマルが一番速い」とずっとおっしゃっていましたし、先生のなかには自信というか、「かしわ記念を勝つんだ」という強い思いがあったと思います。先生の言う通り、まともにスタートを切ったら一番速いだろうなと思っていたので、とにかくそこは集中して。

──やはり逃げる競馬をイメージしていた?

川須 ほかに主張してくる馬がいれば、流れに合わせた競馬をしようと思っていましたけど、あのスタートが決まった時点で、もう迷いなく。最初のコーナーの入りが一番のポイントだろうなと思っていたので、あそこがスムーズにいったのは大きかったですね。道中は終始、ペプチドナイルのプレッシャーを感じながらではあったんですけど、3コーナー過ぎに向こうが離れていく気配があったので、そこからはもう、「あと600!」「あと400!」とシャマルに話しかけながらゴールを目指しました。

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▲話しかけながら追った最後の直線(撮影:高橋正和)

──最後は2馬身半の余裕を持ってトップゴール。思いが溢れましたね。力強いガッツポーズ、かっこよかったです。

川須 いやいやいや、恥ずかしい…(苦笑)。直線では、「シャマルー!」とか「川須ー!」というファンの声援が聞こえていたので、余計にうれしくて。「よっしゃー!」という心の声が動きにも出ちゃった感じでしたね。

──デビュー戦からずっとコンビを組んでオープンまで上がってきて、南部杯3着でGI級に手が届くところまできた…と思った矢先の乗り替わり。その馬の手綱が再び戻ってきてのGI級勝利ですから、これ以上ない喜びと達成感を味わったのでは?

川須 いろいろあったからこその格別な瞬間でした。こうして大きな舞台を勝ったことで、すべてがつながるというか、今はどんな出来事にも意味があったんだなと思えます。

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▲かしわ記念制覇は「いろいろあったからこその格別な瞬間」だった(撮影:高橋正和)

──デビューは3歳の3月、阪神のダート1200mでした。初戦は12着という結果に終わったわけですが、当時から走ってきそうな感覚はあった?

川須 正直、ここまでの未来は想像もできませんでした。初めて競馬場で跨ったときは、「怖がりな馬だなぁ」という印象で。なおかつ初戦は既走馬が相手だったこともあり、次から次へと抜かされて、ズルズルと位置を下げていく形になりました。2戦目から調教にも乗せてもらうようになったんですが、調教でもすごく怖がりで、体も全然使えていなかった。とはいえ、3歳の7月でしたから、ここで勝ち上がらないと後がない。最低でも5着以内に入って、(優先的に出走できる)権利を取らなければ…という一戦でしたね。

──その2戦目でアッサリと勝ち上がり、そこから1勝クラス、2勝クラスと3連勝。

川須 まさか3連勝するなんて思ってもいませんでしたよ。松下先生も、2勝クラスを勝ったときに「あれ? この馬強いかも」みたいな感じになったと思います。僕もそうでしたし、たぶんみんなそこで気づいたんじゃないかな。

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▲デビュー2戦目から快進撃がスタート(撮影:下野雄規)

──2022年は、伊賀Sから南部杯まで8戦で手綱を取り、交流重賞3勝を含めて4勝をマーク。すっかり交流重賞の主役となったわけですが、その時点でも右トモを上手く使えないという弱点があったとか。

川須 それは今もずっとです。川田さんも、「右トモが動いていなくて、右手前で走る右回りのときは誤魔化せるけど、左手前では走れない。右トモに力が入らず、蹴る力が極端に弱いから、左回りだと進んでいかない」とよくおっしゃっていました。左右差があるなかで、いかに鍛えられるかというのはずっと課題で、僕ができるのはどちらの手前でもしっかり動かして、左右差をなるべくなくしてあげるだけ。弱いほうを動かしていくと、どうしても一時的に負荷が掛かってしまうので、そこは当時シャマルを担当していた小椋(研介)さん(現調教師)に共有してもらって、毎日ケアをしていただいた感じです。

──弱点を補いながらの調整でも、あれだけの結果を出し続けた。川須さんと小椋さんの調整が上手くいっていた証拠ですね。

川須 大井の東京スプリントを勝って、初めての1400mだったさきたま杯は3着でしたけど、その後、佐賀のサマーチャンピオン、浦和のオーバルスプリントと2連勝してくれましたからね。

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▲サマーチャンピオンを制してグータッチ!(撮影:稲葉訓也)

──2022年の川須騎手といえば、中央に限ると年間9勝。苦しい年だったのかなと想像しますが、だからこそ、シャマルの存在が大きかったんじゃないかなって。

川須 本当にそうです。ジョッキーにとって、そういう馬が1頭いてくれるだけで全然違いますから。シャマルは本当に大きな存在でした。ましてや、僕のジョッキー人生のなかで、普段も含めて間違いなく一番長い時間を共にしている馬でしたから。だからこそ、あの南部杯は悔しかったですねぇ。初めての1600mということもあって、僕自身、攻め切れなかった。それでも最後は詰め寄ってくれて…。

──最後の勢いは目を見張るものがありました。実際、ゴール前は際どかったですし。

川須 南部杯は、もう自分自身に腹が立ってどうしようもなかったです。2022年の10月なので、もうけっこう前の話なんですけどね。ただただ悔しかったのは、今でも鮮明に覚えています。ただ、乗り替わり自体は、けっこうビックリしたところもあったんですけど。

──どういうタイミングで告げられたか、覚えていますか?

川須 覚えてますよ。阪神の調整ルームのサウナで川田さんとお会いしたんです。で、「実はシャマルの依頼が俺のところにきている」と。

──川田さんから直接?

川須 そうです。ショックではありましたけど、川田さん、「俺が断ったら、また川須が乗れるのか?」と聞いてくださったそうなんです。でも、どうやらそうはならないと。でも、普通に考えたら、勢いのある馬の依頼がきたら迷わず乗るべきじゃないですか。でも、なんていうんですかね、僕の気持ちを汲んでくれたというか…。後輩を思う川田さんの気持ちが、すごく伝わってきたんですよね。

──だからこそ、川須さんに直接伝えたのかもしれませんね。

川須 そうだと思います。大井の東京スプリントや佐賀のサマーチャンピオンで一緒に乗っていたので、僕とシャマルを近くで見てくれていたんだと思います。そういうのもあって、余計に気持ちを汲んでくれたのかなって。

──意外にと言ったら失礼ですが、川田さん、優しい人なんですよね。

川須 後輩思いですし、優しいですよ。頑張っている子のことはちゃんと評価してくれるし、先輩後輩を問わず、周りに対してめっちゃリスペクトがあるなっていうのはすごく感じます。見てくれている先輩がいると思うと、頑張ってきてよかったなと思えますしね。

(文中敬称略、次回へ続く)

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