レコードが出る理由

2024年09月12日(木) 12:00

 秋の中山開催がスタートした。初日、9月7日(土)の紫苑Sで、クリスマスパレードが1分56秒6という中山芝2000mのコースレコードを叩き出したのには驚いた。今年の皐月賞でジャスティンミラノが記録した1分57秒1を一気にコンマ5秒も更新するものだった。

 さらに翌日、9月8日(日)には第5レースの2歳新馬戦で、ファンダムが1分32秒8という中山芝1600mの2歳コースレコードで1馬身差の勝利をおさめた。

 なぜ、これほど速い時計での決着となったのか。勝ったクリスマスパレードとファンダムが強いというのはもちろんだが、それ以上に、時計の出やすい「高速馬場」だから、と見るべきだろう。

 実際、秋の開幕週の中山は高速で決着することが多く、8日のメインの京成杯AHではアスコリピチェーノが1分30秒8とコースレコードまでコンマ5秒に迫るタイムで勝っている。そのコースレコードが出たのも2019年の京成杯AH(トロワゼトワル、1分30秒3=日本レコード)だし、さらに遡って、贔屓のスマイルジャックが2着になった2012年の京成杯AHでも、レオアクティブが1分30秒7という当時のレコードで勝っている。

 この開催に限らず、近年、芝でのレコードが続々と更新されている。

 札幌や函館など洋芝のコースはその限りではないが、なぜ多くの競馬場の芝が高速馬場になっているのか。JRAと各競馬場の馬場造園課は、高速決着を目指しているわけではない。馬の脚への負担の少ない、均一で、クッションがよく、なおかつ蹄の引っ掛かりのいい(斜め上から叩かれる力に対する抵抗力=剪断力が強い)馬場にする努力をつづけた結果、走りやすい馬場になり、速いタイムが出やすくなった、というだけのことだ。

 そうした馬場が、好天で、踏み荒らされていない時期には速い時計が出やすい。と、我ながら当たり前のことを書いていると思うのだが、ともかく、今後、わざわざ脚への負担の大きくなる方向へ舵を切るとは考えづらい。

 気候変動に合わせた抜本的な芝コースの見直しでもしない限り、これからも、レコードは更新されつづけるだろう。これがもし、サラブレッドが「種(しゅ)」として進化した結果のことだとしたら、ダートでもどんどんレコードが更新されているはずだから、やはり、馬場の進化によるところが大きいと思われる。

 レコードが出るのが悪いと言うつもりはない。速い時計が出るたびに故障を心配する時代は、ずいぶん前に終わった。

 しかし、だ。どうせレコードが出るのなら、パッと思い浮かぶ、次の2つの「名レース」のような出方になってほしいと思う。

 その2つの「名レース」とは、ウオッカとダイワスカーレットが僅か2cmのハナ差の激闘を演じた2008年の天皇賞(秋)と、イクイノックスが驚異的な強さで完勝した2023年の天皇賞(秋)である。

 2008年の天皇賞(秋)は、ハイペースで逃げたダイワスカーレットが直線で驚異的な二の脚を使い、外から伸びてきたウオッカと完全に横並びになってフィニッシュした。ウオッカの武豊騎手は、ゴールした瞬間「レコードが出ただろうな」と思ったという。鞍上の名手に「絶対的な速さ」を感じさせながらのデッドヒートだったのだ。13分という長い写真判定の結果が出るまでの時間を含めて「歴史的名勝負」だった一戦の凄まじさを表すもののひとつが、1分57秒2という当時のレコードタイムだった。

 昨年の天皇賞(秋)は、「超」のつくハイペースのなか、涼しい顔で先行し、直線で余力たっぷりに伸びて2馬身半差で完勝したイクイノックスの、「誰も見たことがない強さ」を示す「証拠」のひとつとなったのが、1分55秒2という、とても芝2000mのタイムとは思えない、驚異的なスーパーレコードだった。

 こんなふうに、「歴史的名勝負だったから」とか、「見たことのない強さだったから」といった理由でレコードが出てほしい、と、つい思ってしまうのである。

 例に挙げた2つがどちらも東京芝2000mだったのは、天皇賞(秋)という、充実期を迎えた強豪たちが、種牡馬として、繁殖牝馬として、勝つと最も箔がつくレースの舞台だからだろう。ジャパンCの舞台となる東京芝2400mも同様だ。アーモンドアイが2018年に2分20秒6というとてつもないレコードを出したのは、あの馬の並外れた強さゆえ、と誰もが認めている。

 番組の構成上、どうしても東京のほうが中山よりインパクトのあるレコードが出やすくなっている。

 例えば、芝1600mの場合、東京には安田記念やヴィクトリアマイルなど古馬のGIがあるが、中山にはない。芝2000mも、中山のGIは皐月賞とホープフルSという世代限定戦だけだ。

 つまり、ことレコードに関しては、中山より東京のほうが馬の強さによる出方が多くなるということで、それはすなわち、中山の場合は「高速馬場」が要因とされやすくなる、ということでもある。

 強い馬が集まる、ということでジャパンCと双璧をなすのが有馬記念だ。が、芝の傷みが目立つ暮れの開催なので、レコードが出づらい。そもそも芝2500mのレース自体が少ないので、比較の対象を何にすべきか困ってしまう。有馬記念のレコードは、そのまま中山芝2500mのレコードで、もっかのところ、2004年にゼンノロブロイが記録した2分29秒5がそれである。有馬記念で勝ちタイムが話題になることはほとんどない。

 が、中山競馬場にも、強さとタイムが直結するGIがある。スプリンターズSだ。中山芝1200mのレコードホルダーはロードカナロア。2012年のスプリンターズSで1分6秒7というレコードを記録した。

 スプリンターズSは、今開催の最終日に行われる。今年は、勝ち馬が「速えー!」とびっくりさせるようなタイムを叩き出し、レコードに始まってレコードに終わる開催となるだろうか。

 少し気は早いが、楽しみである。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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