「闇バイト」と「競馬」

2024年12月19日(木) 12:00 52

 詐欺や強盗の片棒を担ぐことにつながる「闇バイト」が社会問題になっている。この「闇バイト」という呼称自体が軽い印象を与えてよくないとも言われており、世田谷区議会などでは「呼称を変えるべきだ」との意見も出ているという。

 犯罪だとはっきりわかるようにするか、あるいは、もっと恐ろしげな響きにするのか。

 だが、悪そうなもの、怖そうなものというのは、逆に、背伸びしたがる若い世代を惹きつけてしまうことがままある。

 そう考えると、「暴走族」を「珍走団」と呼ぶべきだという声があるように、いかにも弱そうで、格好悪くて恥ずかしい響きのものにする手もありなのかもしれない。

 字面や響きによる名称、呼称が与える印象というのはとても大切で、ちょっとの違いが非常に大きな差になることが実に多い。

 こう書くと、いつも本稿を読んでくれている人には「またあれか」と思われてしまいそうなので簡単にしておくが、「メイクデビュー」という言葉の使用を、ぜひともやめてほしい。つねに文字数を気にしながら書く仕事だから思うのかもしれないが、「新馬戦」という素晴らしい言葉があるのに、なぜ訳のわからない言葉に4文字も余計に使わなければならないのか。

 実は、ずいぶん前だが、もっと大きな枠の名称、呼称に関して、どうにか変えることはできないものかと真剣に考えたことがあった。

 それは、「競馬」そのものである。

 会社の金を横領するなどして逮捕された人間の多くが、金の使い道として「競馬などのギャンブル」と報じられることがしばしばあり、そのたびに嫌な気分になった。状況は、今も変わっていない。

 すべての賭博が御法度だった明治時代、馬券は居留外国人を中心に運営されていた横浜の根岸競馬場で治外法権的に売られたのが最初で、その後、東京の池上競馬場などで政府が黙許する形で日本人の手によって馬券が売られた時期があった。が、すぐに社会問題となり、馬券発売は刑法で禁じられる。

 その状況を打破し、再び馬券を発売できるようになったのは、安田伊左衛門や廣澤弁二らの努力により大正時代に競馬法が可決、施行されたからだ。そうして競馬だけは例外的に合法的な賭博として認められる時代になったわけだが、それでも、馬券で家を傾ける者や、レース結果に怒った客が競馬場に火をつけるなどの騒擾事件は後を絶たなかった。

 馬が軍需資源だった戦前、戦時中は国力強化のための国策のひとつとして競馬が行われていたが、敗戦により、競馬は純然たるレジャーとして施行されるようになった。それでもなお競馬は「競馬賭博」などと呼ばれており、そうしたイメージを払拭するためのメディア戦略のひとつとして、野平祐二が自宅の居間を文化人やマスコミ関係者らに開放し、「野平サロン」と呼ばれるようになっていた。

 前出の安田伊左衛門は日本ダービー創設にも尽力し「日本競馬の父」と呼ばれたJRA初代理事長で、廣澤弁二は日本初の民営洋式牧場を創設した廣澤安任の養嗣子、野平祐二は騎手として日本人初の海外勝利を挙げたほか、調教師として史上初の無敗の三冠馬シンボリルドルフを管理するなどし「ミスター競馬」と呼ばれたレジェンドである。

 そうした歴史の重みや、先人たちの偉大さを振り返り、伝えていくにはそのまま「競馬」という呼称を使うほうがいいのだろうが、「競馬=ギャンブル=悪」というイメージはなかなか払拭されない。

 JRAは、売上げの一部を国庫納付金として納めており、畜産振興などさまざまな社会貢献に使われているのだが、残念ながら、あまり知られていないし、知っている人たちにも「素晴らしい!」と思わせるものにはなっていないようだ。使い方が悪いのか、額が足りないのかはわからない。例えば、浅草花やしきくらいの規模で、サラブレッドなどいろいろな種類の馬がいて、乗馬体験のほか、馬に関係する乗り物などのアトラクションを楽しめる「JRAランド」という施設をつくり、入場料を格安にする。その入場料と引き換えに「カイバ券」を渡し、希望する人は自分の手で馬に草を食わしてやることができるようにすれば、営利目的ではないことが伝わるだろう。

 と、思いつきで書いたはいいが、自分で言っておきながら成功しそうな気がしない。だったら既存の競馬場の遊具をもっと豪勢なものにし、平日大々的に開放するほうがいいのかもしれない。ただ、競馬場はコースの維持管理など、開催のないときでもいつも誰かが作業をしているので、「遊び場」としてはどうしても地味になってしまう。

 こんな感じなので、悪いイメージをいったんチャラにするため、「競馬」と呼ぶのをやめてはどうかと考えたのだ。JRAは「ジャパン・レーシング・アソシエーション」だから「レーシング」がベストか。あるいは、ストレートに「ホースレース」か。前述した根岸競馬場の主催者は「日本レース・倶楽部」だから、レースといえば競馬という時代もあったわけだ。さらに時代を戻して「駒競べ」や「競べ駒」「競べ馬(くらべうま)」などにする手もあるが、迫力に欠ける。いや、迫力がないほうがむしろいいのではないか…などと思いを巡らせたのだが、結局、その場しのぎにしかならない。ギャンブルである限り、悪いイメージはずっとついて回る。

 ほかの賭博はすべて禁止という国にあって、特別な法律で馬券発売を認めてもらった、その延長線上に「今」がある。

 これもあまり繰り返したくないのだが、なぜ特別に認めてもらえるかというと、公正な運営に徹するからだ。それに従ってつくられたルールのひとつが、騎手による開催中のスマホでのSNS禁止である。過失か、故意かは問わない。コップを落として割ったら弁償するというルールがあるとして、間違って落としても、わざと落としても、理由によらず弁償する、というのと同じ。これが刑事罰を加える場合なら、過失の度合いや計画性など、さまざまな事情を勘案するが、それには時間もマンパワーも要するので、主催者としては、一律に運用するしかないのである。

 それが、先日、移動中にスマホのYouTubeで音楽を聴いて騎乗停止となった岩田康誠騎手の事案に関して、私が思ったことである。

 本当は、この稿のテーマを今年の競馬界十大ニュースなどにしようと思っていたのだが、1位が騎手のスマホ関連になるなど、楽しいものにはならないだろうと変えた。

 今年の更新はこれが最後になる。みなさま、よいお年をお迎えください。

当コラムの次回更新は1月9日(木)12時予定です。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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