“助かる馬”を一頭でも増やすために|馬たちにとっての「最後の砦」1/3(ホーストラスト 小西英司)

2025年02月03日(月) 12:00 24

 2006年12月に設立された特定非営利活動法人ホーストラスト。鹿児島県北部に位置する霧島山麓の自然豊かで広大な土地で、現役を引退した競走馬たちがゆったりとした日々を送っている。ホーストラストは、共同昼夜放牧を基本とする養老牧場だ。飼料環境や預託料、繋養数など、様々な点において存在感を放つその独自のスタイルは、どのようにして作り上げられたものなのか。理事長である小西英司さんにお話を聞いた。

受け入れ頭数に上限なし 引退馬たちの「最後の砦」

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鹿児島県姶良郡にあるホーストラストは日本最大級の養老牧場だ(Creem Pan 撮影)

 ホーストラストでは現在、功労馬9頭のほか、自馬やホーストラストの趣旨に賛同する方々の支援を受けるスポンサーホースなど、合わせて150頭以上を繋養。その150頭以上の馬たちは、およそ100ヘクタールという広大な土地に設けられた11ヶ所の放牧地で共同生活を行っている。その預託数は、他の養老牧場の規模を圧倒するものと言えよう。同じくNPO 法人ホーストラスト北海道でも60頭程度の馬たちが生活。ホーストラストでは繋養できる頭数に関してのリミットは設けずに、預託料を支払うことができる馬については受け入れていくという方針を続けている。小西さんは、頭数が増えた現在でも「その方針が変わることはない」と語る。

「繋養できる馬の頭数については、ちょっと風呂敷を広げた表現かもしれませんが『無限大』です。北海道も含めて、私たちホーストラストが『最後の砦』だと思っているんですよ。これは私のひとりよがりかもしれないし、想いを継いでくれる人がいるかどうかもわからなりません。ですが、預託料を支払える馬については、いつでも受け入れていきたいという方針を一貫してやっていきたいなと思っています」

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「最後の砦」であるホーストラストは独自の管理方法で馬を昼夜放牧している(Creem Pan 撮影)

 ホーストラストの預託料は月々42,000円(ホーストラスト北海道は45,000円)。一般的に馬の維持費は月々6〜8万円程度かかるとされていることを考慮すると、破格の金額だと言える。メディカルチェックをクリアできた馬はまず舎飼をして、そこから順序立てて環境に慣らしていくことを始める。しばらくして共同生活に問題ないことの確認が取れれば、いずれかの放牧地の班に割り振って共同生活をスタートさせていく。

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いくつかの広さの“慣らし”放牧地で複数頭を放牧させている(Creem Pan 撮影)

 小西さんはそれらの業務に対して、大枠での指示しか出さないという。

 環境への馴致や馬の割り振りなどは、主に3つに分けられた「班」の班長が話し合って決める。一班には5人、二班には4人、三班には2人のスタッフが配属されており、その他にアルバイトが10名ほど在籍。中には動物系の専門学校を今年の3月に卒業した新卒のスタッフもいて、住宅が見つかるまでの間は研修棟に住み込みで生活をしているような状況だ。

 ただ、決して完全な放任主義というわけではない。

 昼夜放牧の中で、スタッフが朝夕1回ずつ濃厚飼料やサプリメントの餌を与えにいく際に、ブラッシングや蹄の手入れなどを行うと同時に検温などの健康チェックを実施。そのタイミングで異常があったり、体力的に放牧は困難と判断した場合には、厩舎に戻して舎飼に変更するのだそうだ。

「『この馬はもうそろそろ放牧では飼えないね』というタイミングで舎飼に変更します。事故などで突然命を落とす場合を除き、老齢になればみんな厩舎に戻してそこで亡くなっていくような形です。自力で立てなくなった時、それが彼らにとっての最期ですね」

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昼夜放牧が難しい状態の馬は厩舎で繋養されている(Creem Pan 撮影)

適切な放牧地の面積は「2,000 坪」

 青草がある時期は青草だけ、ない時期には乾草を撒く。それらに加え、馬たちにとって何が最善かを考慮したうえで粗飼料と濃厚飼料などにサプリメントや植物性オイルを入れたものをバケツで与え、体調が優れないような馬は、定点カメラを設置してスマホで監視ができるようにしてある。

 21時、0時、3時、6時と夜間に3時間ごとに当番を決めて各班のスタッフで監視を行い、3時間おきに現状を確認して必要なら人間の手で起こしにいく。馬は体重が重い生き物であるため、3時間以上横になったままでいると鬱血が起こり、それが原因で起立ができなくなってしまう可能性があるためだ。

 そんなホーストラストの管理状況について、小西さんは「責任感の強い、馬への強い想いを持ったスタッフたちのおかげもあって運営が続けられている」と語る。

「馬への想い」という点では、ホーストラスト北海道も同じだ。

 鹿児島と北海道で目に見えて異なる点といえば、鹿児島のホーストラストの放牧地には屋根だけの建物があるのに対して、北海道では雪対策のために壁のついた建物があるということくらい。代表は異なるものの、「ホーストラスト」という登録商標の屋号を名乗る以上は、運営上の根本的な理念やポリシーの足並みを揃えている。

 さらにそれとは別に、ここホーストラストで研修を受けた後、日本各地でホーストラストの形とは違う新たな牧場を拓いた人たちもいる。福島県双葉郡川内村の「みどりのまきば黒澤牧場」や高知県土佐清水市の「あしずりダディー牧場」もそれらのうちの一つである。

「研修はうちでしたけど、やってるシステムは違う。自分の方式でやることについて、私がどうこう言うべきではないし、『お互い頑張ろうね』ということ。馬が増えて来ると、やっぱり預託料によって助けられる馬とそうでない馬との線引きがされると思うんです。だから、その線引きをできるだけ低く、ハードルを低くしていくことが我々の仕事の一つだと思います」

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多目的スペースと個室があり、一階の馬房にいる馬を観察できる小窓も設置されている(Creem Pan 撮影)

 “助かる馬”と“そうでない馬”の線引きが預託料で決まってしまう以上、その線をなるべく下げ、馬房数というキャパシティに縛られることなく繋養できるホーストラストは、馬たちの「最後の砦」ということができる。例えば鹿児島も北海道も飽和状態になったというようなタイミングでホーストラストのポリシーに共感してくれる良い人材がいたとすれば、どこかで「もう一つのホーストラスト」が始まることもあるかもしれない。小西さん自身はそのような形を期待しているが、そこで関門となるのが広大な土地の確保である。馬一頭に対して、適切な放牧地の面積を2,000坪、約0.7ヘクタールくらいと考えているが、それをクリアできるような条件の土地はなかなか見当たらない。

「私自身が5年に渡り必死で場所を探してなお見つけられなかったので、まず本州に場所はないと思います。正確に言うと、山梨にはあるんですが、やはり寒冷で北海道とさほど変わらない気候といえます。寒冷なところというのは、やはり土地のパフォーマンスが落ちてしまうので難しいですね」

 同じ土地でどれだけ繋養できるかによって、当然、預託料も変わってくる。ホーストラスト北海道が鹿児島に近い水準の預託料で運営できているのには、その採草地が代表である酒井さんの所有している土地であり、そこにチモシーやオーチャードのような「永年草」が収穫できることが影響している。

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小西英司さん(Creem Pan 撮影)

 今回はホーストラスト理事長の小西英司さんに、引退馬たちの「最後の砦」として活動する理念、そして土地探しの難しさについてお話を聞いてきた。第二回では、南半球から日本に移動した際に直面した問題や、「放牧地のパフォーマンスをあげる」という考え方について伺っていく。

(了)

取材協力:小西英司 / NPO法人ホーストラスト

取材:平林 健一

写真:平林 健一

デザイン:椎葉 権成

文:秀間 翔哉

編集協力:緒方 きしん

写真提供:小西英司 / ウマフリ

監修:平林 健一

著作:Creem Pan

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