「ハイパフォーマンスな放牧地」を作れ!|馬たちにとっての「最後の砦」2/3(ホーストラスト 小西英司)

2025年02月10日(月) 12:00 19

 2006年12月に設立された特定非営利活動法人ホーストラスト。

 鹿児島県北部に位置する霧島山麓の自然豊かで広大な土地で、現役を引退した競走馬たちがゆったりとした日々を送っている。第一回では、理事長の小西英司さんに、引退馬たちの「最後の砦」として活動する理念、そして土地探しの難しさについてお話を聞いてきた。第二回では、南半球から日本に移動した際に直面した問題や、「放牧地のパフォーマンスをあげる」という考え方について伺っていく。

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広大な土地を生かし馬を昼夜放牧をするのがホーストラストのスタイルだ(Creem Pan撮影)

南半球で得た経験と知見

 小西さんがホーストラストを始める前、功労馬に対しては引退名馬繋養展示事業として年間36万円の助成金が出ていた。月々に分けると3万円となるが、その3万円で馬が暮らせるようなシステムを作ろうという発想からスタートしたのが、この取り組みだった。

「サラブレッドを放牧で飼えるわけないじゃないか、なんでわざわざそんな儲からないババを引くんだ…といった言葉を投げかけられました。それでも私には、それまでに積み重ねてきた経験がありましたから、ある意味では勝算がありました」

 小西さんの馬における経歴は多彩だ。馬との関わりがスタートしたのは、北海道の大学で馬術部に入部したことがきっかけだ。大学は3年生の時に中退するが、その後はアメリカに渡ってファームステイなどをしながら英語を学び、日本に帰ってきてからはスキー用品のデザインなどの仕事をしながら乗馬クラブで馬に乗る生活をしていた。転機は30歳のころ。再び北海道へと渡った小西さんは、雪のない4月から10月までは北海道で乗馬のインストラクターとして過ごし、雪でお客さんの少ない間は季節が逆の南半球に渡ってオーストラリアやニュージーランドで若い馬たちの馴致を手伝うというような生活を十数年に渡って続けた。

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北海道の乗馬施設でインストラクターを務めていた、若かりし日の小西さん(本人提供)

「やっぱり『自分が関わった馬ぐらいは最後まで』と思ってましたので、50歳になろうかというタイミングに新冠に持っていた10ヘクタールぐらいの牧場で引退馬を飼って金銭的にどれくらいかかるのかというモニタリングのようなことを始めてみました。それで実際、6万円近くかかるということがわかり、それでは引退馬たちが助かっていかないじゃないか、と」

 そこで思い返したのが、ニュージーランドのパキリビーチという乗馬施設で見た光景だった。「きれいなビーチで30km程度のトレッキングを楽しめるという施設だった」と小西さんは当時のことを振り返る。そこでは働けなくなった馬を山もあるような広大な放牧地に放し、まさに“自然”の環境の中で馬たちをその最期の時まで自由にさせていた。

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写真:ニュージーランドに渡って異国の馬文化に触れた小西さん(本人提供)

「ニュージーランドに行っている間は毎日毎日、たくさんの馬を馴致する必要がありました。そのため非常に大変な仕事だったんですけど、パキリビーチは仕事が終わりにリラックスできる、そんな場所だったんです。そこを見てるうちに、『ああ、こういうの…』っていう今の原型の発想が生まれるんですね。さっき言ったように、自分が世話になった馬ぐらいというのがスタートなんです」

鍵を握るのは「放牧地のパフォーマンス」

 そんな光景から発想を得ているホーストラストの仕組みでは、放牧地に生えている草を食べてもらい、飼養費を抑えることが大きなポイントになる。しかし日本においては、まずそこに大きな障壁があった。それが、牧草の問題である。北海道にはチモシーなどの永年草があるが、芽立ちが済むのがゴールデンウイークで、それまでの間は牧草がない状態が続く。

 一方で、温暖な気候な鹿児島では別の問題があった。

「北海道とここ(鹿児島)では、まったく違う。一番ショックだったのは、良い永年草がないんですよ。北海道だとチモシーやオーチャードが雑草のように道端にでも生えてますが、こちらではオーチャードもチモシーも生えていない。というのも、あれは寒冷地用で夏越しできないので夏に全部枯れてしまう。だからこっちの農家の人が作ってるのはイタリアンライグラスなどの単年草なんです。それだと、毎年まかなきゃならないんです」

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写真:広大な放牧地に生える草は馬が食べられるものとそうでないものがある(Creem Pan 撮影)

 最近では、夏越しペレニアルというものが発売されており、馬を離していない10ヘクタールほど敷地で実験的に育成をしているが、なかなか北海道のような質の良い牧草を作るには至っていないのが現状だ。

 素人目には単純に、草が生えている土地に馬を離せばいいようにも思えるが、決してそのような単純なものではない。牧草の管理というのは重要でシビアなもの。ギシギシやイタドリ、スイバというような雑草はシュウ酸を含んでおり、馬たちにとって毒性があるため、根が残らないように手で抜いて除去する必要がある。毎日、少しずついらない草を抜いたり、穂が出たら刈ったりしながら、5、6年の時間をかけて放牧地の状態を整えていく必要があるのだ。

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写真:各放牧地をパトロールする小西さん(Creem Pan撮影)

「スタッフは馬のほうに手が取られてますし、合間に言ってもなかなかできないでしょう。結局は、私がやるのが一番良いと思ってやっています。やはり草をいいものに、去年より今年、今年より来年というような気持ちで、やっぱりパフォーマンスを増やしていくということが重要なんです」

 パフォーマンスというのは、もちろん土地のパフォーマンスという意味だ。小西さんは、馬一頭に対して約0.7ヘクタール(約2,000坪)の面積が目安としている。決められた放牧地のパフォーマンスを上げれば、同じ面積でより多くの馬が繋養できるようになる。放牧地に建物を建てているのもその一環だ。雨が降った時にスタッフが濡れないで手入れできるという人間に対するメリットもあるが、放牧地にとっては別のメリットがある。

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写真:放牧地に造られた雨除けの建物 (Creem Pan 撮影)

「あれを作ることで馬たちは、雨が降ったりしたら屋根の下に溜まるわけです。草が傷むというのはもちろん草自体を食べることも原因になるのですが、歩くというのもあるんです。

 湿ってる時に歩いたらそこが傷んで、それを何回も何回もやると草がリカバリーできなくなって土地がハゲてしまいます。ダメージとリカバリーのバランスが大事なんです。そのためにも建物があるということは、やはりパフォーマンスを上げることに一役を買ってるんですね」

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写真:湿った地面を馬が移動することで地面は荒れ果ててしまう(Creem Pan 撮影)

 今回はホーストラスト理事長の小西英司さんに、南半球から日本に移動した際に直面した問題や、「放牧地のパフォーマンスをあげる」という考え方についてお話を聞いてきた。最終回の次回は、ホーストラストが目指す観光資源という新たな需要の創出や、名馬サクセスブロッケンとの別れについて伺っていく。

(了)

取材協力:小西英司 / NPO法人ホーストラスト

取材:平林 健一

写真:平林 健一

デザイン:椎葉 権成

文:秀間 翔哉

編集協力:緒方 きしん

写真提供:小西英司 / ウマフリ

監修:平林 健一

著作:Creem Pan

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引退した競走馬の多くは、天寿を全うする前に、その生涯を終えているー。業界内で長らく暗黙の了解とされてきた“引退馬問題”。この問題に「答え」はあるのか?Loveuma.は、人と馬の“今”を知り、引退馬問題を考えるメディアサイトです。

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