「強いですね」は変なのか

2025年03月06日(木) 12:00 53

 例えば、2着に敗れた馬の調教師が、「勝った馬は強いですね」と言ったとする。また、例えば、勝った騎手が「嬉しいです」と笑顔を見せた横で、負けた騎手が「悔しいです」と唇を噛んでいたとする。

 どのコメントも、私などは違和感なく受け止めてしまう。

 ところが、かつては「強い」だとか「嬉しい」「悔しい」といった形容詞に「です」を付けるのは誤用とされていた。それが、1952(昭和27)年に国語審議会がまとめた「これからの敬語」で、「大きいです」「小さいです」などの言い方は、平明・簡素な形として認めていい、とされたのである。

 1952年というと、私が生まれる12年前だ。サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が発効し、GHQが廃止されて日本の主権が回復。米軍駐留のもと、日本は条件付きで独立を取り戻した。白井義男が日本人初のボクシング世界王者となり、尾形藤吉厩舎のクリノハナが第19回日本ダービーを優勝。美空ひばりの「リンゴ追分」や、江利チエミの「テネシー・ワルツ」などがヒットした。

 ずいぶん昔のように思われるが、その年に生まれた有名人を敬称略・順不同で記すと、三浦友和、村上龍、中島みゆき、グッチ裕三、さだまさし、風吹ジュン、小柳ルミ子、水谷豊、浜田省吾、小池百合子、草刈正雄、峰竜太……と、今も活躍している人が多く、それほど古い時代という感じがしない。

 とにかく、それまでは、「競馬は楽しいです」「予想は難しいです」「馬券が外れて苦しいです」「ターフは美しいです」「馬は可愛いです」「ペースが遅いです」「コース幅が広いです」「頭数が多いです」「あの乗り方は危ないです」「引退して寂しいです」「福島のソースカツ丼は美味しいです」「オケラ街道は暗いです」といった「形容詞+です」は誤用とされていたのである。

 その後は正しい表現と認められたわけだが、それでも、特に年輩の人のなかには、今なお「形容詞+です」の言い方に違和感を覚える人も少なからずいるようだ。語尾に「ね」「よ」「か」などの終助詞を付けるとぎこちない感じは薄れるが、「楽しいです」と「楽しいですね」とでは、ニュアンスが違ってくる。前者は言い切りなのに対し、後者は同意を求めている。

 確かに、「形容詞+です」が正しいとすると、「楽しいです」の過去の言い方は「楽しいでした」になりそうだが、普通は「楽しかったです」だ。
 文法的にも、年配者の感覚的にもフィットした表現にするには、形容詞の使い方を変えるしかなさそうだ。「競馬は楽しゅうございます」だと堅苦しいし、そんな言い方をする人は少ないので、「競馬は楽しいレジャーです」などとすべきなのか。

 ただ、それは地の文も「~です、ます」などの敬体で書く場合であって、このコラムのように、地の文は「~だ、である」などの常体で、カギカッコのセリフは話し言葉という書き方の場合は、人の言葉として「形容詞+です」を使ってもいいというか、そのほうがいいだろう。

 文法に合わせて言語が生まれたわけではなく、使われている言語のなかに見いだされた法則が文法なのだから、正しいか、正しくないかにとらわれるべきではないのかもしれないが、せっかく美しい日本語にするためのルールがあるのだから、そのなかで自分らしく表現していきたいと思う。

 さて、コパノリッキーなどの馬主として知られる「Dr.コパ」こと小林祥晃さんが、今週月曜日の早朝、畳で滑って右腰を強打し、右大腿骨を骨折したとフェイスブックに投稿していた。救急車で運ばれ、チタン合金を入れる手術をしたというから、家人と同じだ。手術後も、病室からいつもと変わらぬペースで投稿しているなど、お元気そうでほっとした。それでも、大きな怪我であることには変わりないので、お大事になさってください。

 術後2カ月半の家人は、まだ以前のように長い距離を歩くことはできず、股関節の可動域が狭くなって靴下を履くのにも苦労しているが、家のなかでは普通に動けるようになっている。

 久しぶりに都内に積雪があった。この雪と雨が東北に移動し、大船渡の山火事を消す力になってくれるよう願っている。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆~走れ奇跡の子馬~』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

関連情報

新着コラム

コラムを探す