2025年12月04日(木) 12:00
今週の火曜日、静岡の富士霊園に行き、一昨年の秋に亡くなった作家の伊集院静さんと岳父の墓参りをしてきた。
富士霊園を訪ねたのは、昨春岳父を納骨したとき以来2回目だ。あのときは雲がかかって見えなかったが、今回は、富士山が見事な姿で迎えてくれた。
伊集院さんが同霊園の「文学者之墓(正式名称の「学」は旧字)」に納骨されたのは今年の10月だったという。それを先月末、出版社のパーティーで会った編集者が教えてくれた。
富士霊園は、都内の自宅兼事務所から100キロほど。ちょうど美浦トレセンと同じくらいで、近くはないが、「地方」というほど遠くもないという感覚だ。
まず、霊園の管理事務所に近い区画に眠っている岳父の墓に花と線香を供え、久しぶりになってしまったことを詫びつつ、近況を報告した。
それから霊園の奥にある文学碑公苑に移動し、文学者の墓の墓壁から伊集院さんの名を探した。
大人の胸くらいの高さで、長さが20メートルほどの墓壁が9つあり、ひとつの墓壁に100人ほどの作家の名が刻まれている。生前手続きをした140人ほどを含め、900人近い作家の名が記されており、それぞれの名前の下に代表作が記されている。
伊集院さんの名は、一番新しい「9期」の墓壁にあった。代表作は『海峡』とある。海に近い街で生きる人間たちを描いた自伝的小説で、『春雷』『岬へ』を含め「海峡三部作」と呼ばれている。私も大好きな作品だ。
伊集院さんの花立てにはいくつもの花束があふれるように挿されていた。ほかの人の花立てはだいたい空なのだが、人気があることに加え、納骨されたのが最近だからか。私が持ってきた花を入れる隙間はなかったので、隣の小栗虫太郎さんの花立てに入れた。見るからに仏花という白菊などではなく、オレンジやパープルやブルーなど色鮮やかな花が多かったのも、伊集院さんらしいように感じられた。
この墓には、日本文藝家協会の会員と、もうひとりの遺骨と遺品を入れることができる。伊集院さんの名前の裏側には博子夫人の名が赤字で刻まれていた。
生前手続きをした人の名は赤字で記されているのだが、私より若い作家もいる。驚いたことに、今も書きつづけているのに、代表作を刻印している人もいた。
私も日本文藝家協会の会員なので問い合わせてみたところ、年度単位で新規申し込みを受け付けており、次は来春とのこと。刻字代、建設補修積立金、永代管理費を含めた負担金は、思っていたよりずっと安かった。
伊集院さんと同じ墓壁に名を刻まれたいので、来年申し込むことにした。
2年前の11月1日に岳父が、11月24日に伊集院さんが逝った。尊敬する2人を次々に亡くした喪失感で一時は何をしても張り合いを感じられなくなったが、今は、坂の上にある文学碑公苑から美しい紅葉を眺め、近くに眠っている2人にこうして会いに来られることを嬉しく思えるようになった。
伊集院さんの言ったとおり、時間は薬になる。
先週のジャパンカップデーは、スタンド上階のビュッフェで腹を満たしながら馬券を楽しめる、恒例の観戦会に出席した。
ずっと会いたいと思っていた、作家の吉川良さんとも久しぶりに話ができた。吉川さんは、生前の沖崎エイさんとも、婿の均さんとも交流があったので、私が『優駿』に「一代の女傑」を連載していることをとても喜んでくれている。今回は、お孫さんとご一緒だった。
「GIの前はキツくてね」と吉川さん。
どうしてかと思ったら、亡くした競馬仲間のことを思い出してしまうからだという。
この観戦会が始まってからだけでも、という意味だと思うのだが、7人が先に旅立ってしまったと、寂しそうに話していた。
私も競馬ファンとしていっぱしにキャリアを重ねてきたつもりだったが、さらに倍近い年月競馬を見つづけてきた吉川さんほどの大先輩になると、今の私には思いもよらないレースの迎え方をするものだな、と思った。
さて、ジャパンCではスタート直後に川田将雅騎手のアドマイヤテラが躓いて、ゴール後にはクリストフ・ルメール騎手のマスカレードボールと戸崎圭太騎手のダノンデサイルが接触し、3件の落馬があったが、人馬ともに大事には至らなかったようでほっとした。
カラ馬となったアドマイヤテラは、壮絶な叩き合いを繰りひろげたカランダガンとマスカレードボールの内からぐいっと伸び、いの一番にゴールを駆け抜けた。
かつて、ギャロップダイナが、1985年の札幌日経賞オープンでカラ馬となって1位でゴールし、その年の秋の天皇賞でシンボリルドルフを下して優勝した。
また、1994年のキングジョージVI世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスでは、もともとG1を勝っていた馬ではあるが、カラ馬となって1位でゴールしたエズードが、次走の英インターナショナルSを連覇した。
といったように、鞍上の指示がなくても一所懸命ゴールを目指し、1位で走り切る馬は、本当に強い、ということがままある。
アドマイヤテラの今後に注目したい。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。「Number」「優駿」「うまレター」ほかに寄稿。著書に『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ブリーダーズ・ロマン』。「優駿」に実録小説「一代の女傑 日本初の女性オーナーブリーダー・沖崎エイ物語」を連載中。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナー写真は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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