ウマ娘効果で再脚光! 26歳ヒシミラクル 勝負服柄の無口に秘められた「マナー対策」への願い

2025年12月23日(火) 18:00

第二のストーリー

26歳になったヒシミラクル(撮影:田中基意)

牧場も驚く『ウマ娘』効果

 1番人気のノーリーズンがスタート直後落馬という波乱の幕開けとなった2002年菊花賞。制したのは8分の3の抽選を奇跡的にくぐり抜けて出走を叶えた10番人気のヒシミラクルだった。その後も翌年の天皇賞(春)、宝塚記念に優勝し、計3つのGIタイトルを獲得した。

 あれから時は流れ、ヒシミラクルは26歳になった。北海道浦河町にある中村雅昭牧場で繁殖シーズンの間はアテ馬の仕事をこなしつつ、のんびりと暮らしていて、競走馬現役時代はグレーだった馬体もすっかり白くなった。

 お話を伺った牧場の奥様の中村由美子さんによると種牡馬引退後、中村牧場に来てから数年の見学者数はさほど多くはなかったという。ところがヒシミラクルがウマ娘のモチーフになって事態が一変した。

「ウマ娘になってからはものすごいですよ。今年も結構来ていますけど、去年が1番多かったですね。見学できる馬が1頭しかいないのに、国道から車で15分ほどかかる山奥の牧場に来てくださるんです」

 と、ウマ娘の影響力に驚いているようだった。

「車通りも少ないし、静かでゆっくり見られるのがいいですねと言ってくださる方もいます。そういう癒しのようなものを求めて来る方もいることも知りました」

 現役時代の勝負服をモチーフにした色合いの無口をプレゼントしたファンもいる。医師の田中基意さんが初めてヒシミラクルに会いに牧場を訪れたのは、ウマ娘モチーフとなる少し前で、中村さんが話していた通り見学者がまだ少ない時期だった。

 放牧地に近づくと見学者が珍しいのか、田中さんの方に歩いてきてひょっこり柵の上から顔を出した。美しい芦毛と、どっしりと構えている様子も相まって「まるで高級車」のような印象受けたという。

第二のストーリー

柵の上から顔を出すヒシミラクル(撮影:田中基意)

 田中さんは多忙な仕事の中で時間を作って来道しては、ヒシミラクルに会いに牧場に立ち寄った。そのたびに感じるのが「素直さ」だった。

「去勢はされていないのですが、性格は比較的落ち着いているように思います」

 しかし「種牡馬引退直後は随分うるさかったと中村さんからは伺いました」。

 未去勢のミラクルは近くの放牧地に繁殖牝馬がいるとその傍からなかなか離れようとしない。その姿が田中さんには可愛く感じた。大好物は人参で、ミラクルをよく見学するという別の方によると、人参が入った袋の音が聞こえると放牧地のどんなに遠いところにいても気がついて柵際までやって来るそうだ。

 ミラクルについて田中さんは「自分に素直な馬という感じで、そういうところが可愛いですね」と自らの印象を語った。何度か牧場を訪ねるうちに中村さんの奥様と田中さんは交流を深め、見学者が牧場見学マナーを違反しないような啓蒙にも協力するようになる。

 前述した田中さんがプレゼントした無口。これは浦河町の「うらかわ優駿ビレッジAERU」で繋養されていた功労馬が、2022年頃から現役競走馬時代の勝負服をモチーフにした色使いの無口を使用しているのを目にしたことがきっかけだった。

「無茶苦茶カッコいい!」と思った田中さんは、ミラクルの無口も古くなってきているので同じようなものをプレゼントしたいと思い立ち、牧場の許可を得た。そしてAERUのスタッフからオーダーで無口を作ってくれる馬具屋を紹介してもらった。

「中村さんからきつい無口は嫌がると聞いていたので、少し緩めのサイズを注文しました」

 こうしてミラクル用の白と青の無口が出来上がったのだった。

ファンが協力して牧場マナー対策も

 この無口にはただカッコいいというだけではなく、他にも意図が隠されている。

「見学期間中は、(ヒシミラクルの見学は)どうぞどうぞなので、たくさんの人が見学に来ます」と中村さんが言うように、見学に関してはかなりオープンにしている。ただ田中さんが無口を作る計画をした当時の中村牧場では見学のマナー違反が散見されていた。中村牧場や周辺の牧場には芦毛の繁殖牝馬も繋養されている。ヒシミラクルと間違えてフラフラと芦毛の繁殖牝馬がいる放牧地や厩舎の中へと入ってしまうという事象が、見学者の増加とともに幾度となく起きていた。

「生産牧場なので、(繁殖牝馬や当歳などに)触られたりすると感染が怖いですから」(中村さん)

 馬産地で特に怖れられている妊娠馬が感染すると流産に繋がる馬鼻肺炎はじめ、外部から持ち込まれたウイルスや細菌が引き起こす疾患を防ぐために、現場では細心の注意を払っている。

 そのような状況の中、勝負服柄の無口、あるいはネームプレートの付いた無口を装着していれば、どの馬が「ヒシミラクル」かが判別しやすくなる。そうすれば見学者のマナー違反がを減らせるかもしれない。そう願っての作製であった。

 合わせて見学について注意を促す看板を作製した。

「イラストレーターの鷹月ナト先生に依頼し、なるべくわかりやすい形で『ヒシミラクル以外は見学対象外』と伝わるようにデザインしてもらいました。今のところ看板はいい仕事してくれてると思います(笑)」と田中さん。

第二のストーリー

注意喚起の看板(撮影:田中基意)

 馬産地日高もロケ地になったドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」人気で、新たな層が見学に訪れる可能性もあるが、そのような人々になかなか伝わらないのが牧場見学のマナーだ。

 もちろん牧場の許可と互いの信頼関係があって成り立つものではあるが、多忙な牧場にかわりファンが協力して牧場マナー対策に一役買うというのは良い方法なのではないかと思う。

 ウマ娘ブームで人気が再燃したヒシミラクル。けれども当の本馬はどこ吹く風。牝馬がいれば柵越しではあってもより近くに、人参の気配を察して放牧地の遠くからでもそばにやって来るミラクル。自らの欲求に正直に、かつ自然体で今日もマイペースに過ごしているに違いない。

〜取材後記〜
 今回取材にご協力くださった中村雅昭牧場の奥様の由美子さんが「ヒシミラクルの性格や放牧地での様子は、見学に来ていらっしゃるファンの方の方がよく観察していますよ」と仰ったこともあり、ファンの方にも取材させていただきました。ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。


※見学要予約

お問い合わせは競走馬のふるさと案内所まで

https://uma-furusato.com/

ノーザンレイク公式X

https://x.com/NLstaff

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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