2008年04月08日(火) 23:50
3月末にオーストラリアで、競馬史における過去最大級と見られる企業買収が成立して発表された。ドバイワールドCの陰に隠れた格好となり、日本ではあまり話題にならなかったが、非常に興味深いトピックなので、いささか旧聞に属するが御紹介させていただきたい。
買収されたのは、オーストラリアにおける競馬生産組織としては最大手のウッドランズ・スタッド。所有馬から牧場から従業員まで一切合切をまとめて、推定で4億豪ドルから5億豪ドル、日本円に換算して420億円から475億円という金額で、譲渡されたのだ。
もともとはダービー卿が所有していたウッドランズ・スタッドを、ボブとジャックのインガム兄弟が買収したのが、1985年のことである。
インガム兄弟の父ウォルター・インガムが亡くなったのが1953年のことで、この時兄弟は父から、2つの遺産を受け継いだ。1つは、家業である養鶏業を営むための牧場で、もう1つは、当時7歳だったサラブレッドの牝馬ヴァリアントローズだった。
ボブとジャックの兄弟は商才に恵まれており、彼等が引き継いだ後に家業の養鶏業は大発展。彼等の会社は、業界トップの座に登りつめた。
一方、父から受け継いだ牝馬ヴァリアントローズの孫にあたるスウィートエンブレイスがオーストラリアの2歳戦最大のレースであるゴールデンスリッパーに優勝したのが、1967年のことだ。以後、本業の発展とともに兄弟の競馬と生産組織も拡大し、昨年末の段階でのウッドランズ・スタッドは、現役馬だけで350頭を所有。牧場の総面積は9000エーカーにのぼり、そこには、10頭の種牡馬、300頭の繁殖牝馬、200頭の当歳馬、200頭の1歳馬がいて、230名の従業員が就労しているという、巨大牧場に成長した。これまで送り出したG1勝ち馬は35頭にのぼるというから、兄弟は商才だけでなく、ホースマンとしての才能にも恵まれていたようだ。
そのウッドランズ・スタッドが、丸ごと売りに出されたのである。購買者は、皆さまにも容易に御想像がつくと思う。これだけの金額をポンと出せる人物と言えば、この御方しかいなかろうという、
シェイク・モハメドである。近年では、2003年に亡くなったフランスの大馬主ジャン・ルク・ラガルデル氏の残した競馬と生産に関する組織を、アガ・カーン殿下が丸ごと買い取ったことがあったが、その時の買収総額が推定で4000万ユーロから5000万ユーロ(約65億円から80億円)と言われたから、今回の400億円を超える買収金額は、まさに一桁スケールの違うものである。
シェイク・モハメドは既に、ニューサウスウェールズにダーレー・オーストラリアという生産と競馬のための組織を持っており、180頭ほどの繁殖牝馬を置いているが、今回の買収によって、殿下のオーストラリアにおける組織の規模は従来の倍以上に膨れ上がることになったわけである。
益々グローバルに拡大路線を歩むモハメド殿下。資金があるからこそとは言え、馬にかける情熱には敬服する他ない思いである。
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合田直弘
1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。