2008年06月24日(火) 23:49
毎年6月中旬というと、一斉に一番牧草の収穫が始まる季節だ。長い日照時間と安定した天候に恵まれ、牧草の刈り取りに適した時期なのである。
ところが、今年はいささか事情が変わっている。晴天が続かず、ほとんど本州の梅雨に似た気候なのだ。6月の月初めこそ、まあまあの天候だったが、12日にカラリと晴れ渡ってから今日まで、晴天の日は飛び飛びで2日ほどあっただけである。しかもその翌日には早くもまた天候が崩れることの繰り返しで、一向に晴天が続かない。
晴天が続かなければ刈り取りは出来ず、日々成長する牧草を眺めては焦燥感に襲われることになる。先週にも触れたように、来月には1歳と当歳の市場が控えており、「早く作業を済ませなければ…」と焦るばかりだが、天候は未だ回復していない。
牧草の収穫はトラクターに作業機を装着して行なうが、昨今の原油価格の値上がりはたちどころに牧場経営を圧迫する。トラクターの燃料となる軽油の価格はもちろん、牧草ロールに巻きつけるラップフィルムなどもまた価格が上昇している。コストを抑えようにも作業量は変わらず、それどころか、天候次第では、同じ牧草を一度“仮巻き”して雨露を凌がなければならず、二重三重に手間がかかることになる。当然、全ての作業はトラクターで行なわれるため、燃料代に即跳ね返ってくるのだ。
さて、それとともに牧場関係者を悩ましているのが、鹿による食害と、雑草の侵食である。えぞ鹿が全道的に激増しているのはよく知られており、ここ日高でも、近年かなりの勢いで急増しつつあるという。地元ハンター人員不足や高齢化などにより、駆除が間に合わなくなっているのである。鹿の餌になるのは主に牧草で、とりわけ日高は軽種馬生産地として良質な牧草が豊富なことから、比較的温暖で雪が少ないことと合わせて、鹿にとっては絶好の生息条件が揃っている土地柄ということになるらしい。
昨年秋にえりも町のとある牧場で見かけた群れは150頭規模の「巨大ハーレム」であった。群れの中でひときわ大きく黒っぽい色の立派な角を持つ牡鹿がいて、それがこの群れの「ボス」だった。それは鹿というよりもほとんど闘牛を彷彿させる姿をしていた。その周りに牝鹿の大群がそれぞれ小鹿を連れているのだ。寒気のするような光景だった。さすがにそれ以後は、10頭や20頭の群れには驚かなくなった。
もう一つ、雑草の侵食もまた深刻だ。以前より日高では、イネ科のオーチャードやチモシーといった種類の牧草が飼料用として栽培されてきたが、近年「リードキャナリー」(クサヨシ)や「黒穂」などの雑草が繁殖するようになり、徐々に従来の牧草を駆逐しつつある。リードキャナリーはもともと飼料用牧草の一種らしいが、その旺盛な生命力はとてもチモシーやオーチャードの比ではなく、ほとんど「雑草並み」なのだ。
また「黒穂」は牧草よりもかなり早い時期(4月末〜5月)に開花し種を飛ばすため瞬く間にこれも勢力を拡大してしまう。そして、リードキャナリーの場合は、牧草よりも高い身長まで成長し、茎も太くなおかつ「匍匐茎」のために地中で網の目のように版図を拡大して行く。かくして、いつの間にか広い採草地一面がこれ一色に変貌してしまうことにもなるのである。
これらの雑草? は、嗜好性や栄養価が落ちることから何とか駆除したいところだが、ことは簡単ではない。一番確実なのは、採草地そのものを更新することだが、手間と資金を投入して新しい採草地にしたところでものの数年でまたもとの雑草畑に成り果ててしまう。どこからか雑草の種が飛んできてしまえばそれで一巻の終わりなのだ。山奥の、下界から遮断されたような独立した空間ならばいざ知れず、敷地を接する隣の採草地が汚染されていれば、遅かれ早かれその影響を受ける。ウィルスに感染するようにこれらの雑草がどんどん広がるのである。生命力が強いために、従来の牧草が負けてしまうのだ。
ともあれ、あと一週間足らずで7月。牧場関係者は日増しに焦りの色を深くしている。
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田中哲実
岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。