2頭のキングカメハメハ産駒

2010年03月10日(水) 12:00

 キングカメハメハ産駒の成績が急上昇している。春のGIシーズンを控え、このところ2週続けて重賞を制覇し、3歳と4歳の2世代だけの出走ながら、2月末の時点でリーディングサイアーランキングのトップに躍り出るほどだ。

 3月に入っても勢いは変わらず、第1週(6日、7日)にも東西で重賞を始め、特別2つを含む計7勝を挙げており、ランキング2位のクロフネ(3勝)、3位のマンハッタンカフェ(0勝)にまた大きく差をつけた形である。

 2月27日のコスモセンサー(アーリントンC)、3月6日のショウリュウムーン(チューリップ賞)は、ともに浦河町絵笛地区の生産。しかも、いずれも家族経営の小規模牧場で生産された点でも共通する。

 牧場戸数が30戸程度しかない小さな地区から、2週続けて同じ種牡馬の産駒が重賞勝ちを収めた例は過去にもたぶんほとんど前例がないはずで、日高の生産馬がただでさえ苦戦を強いられている現状を考えるとこれは“快挙”と表現してもいいかも知れない。

 2月27日の阪神競馬場。第19回アーリントンCを制したのはコスモセンサーである。母ケイアイバラード(その父リヴリア)。テイエムオーシャンを生産した川越ファーム(場主・川越敏樹氏)の生産馬で、2008年7月の「セレクトセール」にて950万円(税抜き)でビッグレッドファームに落札されている。

 「実はこの馬は、1歳の5月4日に大怪我を負ってしまって、セリに間に合うかどうかかなり心配したんです。左臀部をざっくりと深くえぐられるくらいの重傷でした」と川越敏樹氏は振り返る。

 一時は7月の上場を見合わせて、8月のサマーセールまで先送りせざるを得ないかも知れぬと覚悟したという。しかし、この馬の管理を委託していたハッピーネモファームの懸命な治療と立て直しの甲斐あって、どうにか当初の予定通りセレクトセールに間に合わせることができたらしい。

 「その頃、キングカメハメハの評価は決して高くなく、とりわけ日高のキンカメは市場でも思ったほど価格が伸びずにいまして、この馬も、当初は1200万円のリザーブで上場したのですが、主取りに終わりました。がっかりしている時に、すぐ後ろを追いかけてきた方がいて、それで再上場することになったんです」

 その際の提示価格が「税込み1000万円」という金額。結果的に再上場で税抜き950万円の落札金額は、こういう事情によるものだ。

 キングカメハメハの種付け料は当時600万円だった(と思う)が、生産頭数が多いために、日高のキンカメ産駒は、概して割安に推移した。

 2008年のセレクトセールは、初の当歳産駒を送り出したディープインパクトに話題が集中しており、確かにキングカメハメハは必ずしも市場における主役ではなくなっていた印象がある。

 だが、その後、ビッグレッドファームで鍛えられ、2歳7月にデビュー。緒戦を勝ち上がると、3戦目の10月25日「かえで賞」(京都)では、コースレコードをマークして優勝し、能力の高さをアピールした。

 今回のアーリントンCで賞金は十分に足りるが、陣営はニュージーランドトロフィーからNHKマイルCへの路線を目指すという。

 なお、母のケイアイバラードは、分娩予定日をやや過ぎているようだが、今年はクロフネの仔を出産予定である。「母馬もそろそろ年になった(17歳)ので跡継ぎが欲しい」ようで、牝馬希望だそうな。無事に出産することを祈りたい。

川越親子とケイアイバラード 

 さて、その翌週3月6日。川越ファームから約5キロ離れたところにある高村牧場(場主・高村唯三氏)生産のショウリュウムーンが圧倒的1番人気のアパパネを抑えて第17回チューリップ賞を制した。

 母ムーンザドリーム自身は、現役時代未勝利に終わったものの、繁殖入りして初仔からいきなり重賞勝ち馬を生むことになった。

 しかも、このレースは周知のように、1着から3着までがキングカメハメハ産駒による独占で、今年の3歳世代の絶好調ぶりを遺憾なく発揮する結果となった。

 「9番人気だし、まあ着でも拾えたら儲けものだという程度の気楽な気分でテレビを見ていました」とは高村唯三氏のコメント。

 それが直線に向かってから、あれよあれよという間に先行馬を差し切りゴールイン。

 「ちょうどその日は、隣の牧場で不幸があり、お葬式の手伝いの合間を縫って自宅に戻り、急いでテレビ観戦したほどの忙しい日だったので、ゆっくり喜んでいる暇もなかった」という。

 しかし、竹馬の友ともいうべきその隣人が、身内の不幸のさなかでありながらも真っ先に「いやあ、良かったなあ。おめでとう」と言ってくれたのが何より嬉しかった、とは高村氏の弁である。

 母馬のムーンザドリームは今年スウェプトオーヴァーボードの産駒を出産予定という。2002年生まれのまだ8歳という若い繁殖牝馬ゆえ、今後が楽しみになってきた。

高村親子とムーンザドリーム 

 それにしても、改めて今年のキングカメハメハ産駒の大活躍は、いったいどういうことかと不思議に思う。

 折りしも、ショウリュウムーンがチューリップ賞を制した週には、エアグルーヴ産駒のルーラーシップやノースフライト産駒のハウオリ、サンデーピクニック産駒のトーセンアドミラルなどもそれぞれ勝っている。

 しかし、こうした名牝の直仔ばかりではなく、ショウリュウムーンのように未勝利馬の母からでも重賞勝ち馬が生まれていることにある種の層の厚さを感じる。

 ともあれ、これで春のGI戦線がひじょうに楽しみになってきた。今週は笠松のラブミーチャンもいよいよ登場する予定であり、興味が尽きない。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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