ムチの使用回数規定、英で大きな議論に

2011年06月22日(水) 12:00

 6月14日から18日まで、開場300年という節目の年を迎えたアスコット競馬場で行われた「ロイヤルアスコット」は、数々の名勝負と名シーンを生みだした。

 トップホース同士による究極の戦いという意味で白眉だったのが、キャンフォードクリフス(牡4、父タギュラ)とゴールディコーヴァ(牝6、父アナバー)がしのぎを削った初日のG1クイーンアンS(8F)と、リワイルディング(牡4、父タイガーヒル)とソーユーシンク(牡5、父ハイチャパラル)が鍔迫り合いを演じた2日目のG1プリンスオヴウェールズS(10F)であった。いずれも後世に語り継がれる名勝負で、これらを現場で目の当たりにできた幸せをかみしめている。

 今、イギリス競馬サークルで大きな議論を呼んでいるのが、プリンスオヴウェールズSの後に裁決室で起きたできごとだ。単勝1.36倍という圧倒的支持を集めたソーユーシンクを、後方から計ったように首差差し切るレースを見せたリワイルディングのフランキー・デトーリ騎手が、9日間の騎乗停止処分を受けたのだ。

 理由は、ムチの過剰使用だった。裁決委員によると、直線で追い出しにかかったリワイルディングのデトーリは、最後の2ハロンで馬を24回叩いており、この行為が競馬施行規程「B6、パート2(ムチの不正使用に関する項目)」に反するとのこと。デトーリの騎乗停止期間は6月29日から7月7日まで設定され、従って7月2日にサンダウンで行われるG1エクリプスSには乗れないことになった。

 英国に限らず昨今は、騎手のムチ使用に関するルールが世界的に厳格化している。過剰に馬を叩くことは、言うまでもなく馬にとって大きな負担となり、動物愛護の精神からもムチの使用は可能な限り控えるべきというのが、その根底にある考え方である。

 英国の施行規定にも、そうしたポリシーが網羅され、例えば、1回ムチを入れた後に再度使用する際には、1回目のムチに対する騎乗馬の反応をよく見極めた上で、2回目のムチを使いなさいといった文言が記されている。

 一方で、ムチの使用回数に関しては、施行規定の中で明確化されているわけではなく、“Recommended number of hits which could amount to a breach(規則違反に値すると忠告されるべき使用回数)”として、付則の中に示されている。言うなれば、違反の目安となるガイドラインが定められているのだ。

 これによると、平地競走の場合、レース全体で16回、最後の2ハロンで13回、最後の1.5ハロンで11回、最後の1ハロンで9回を超えて使用すべきではない、と記されている。これに照らし合わせて、プリンスオヴウェールズSの最後の2ハロンで24回使用したデトーリ騎手の行為は、違反と認定されたのだ。

 だがその一方で、英国の競馬施行規定には、騎手に関する「D45、パート5」という項目もある。ここで規定されているのは、“Riding to achieve the best possible placing(求めうる最高の着順を達成する騎乗)”だ。平たく言えば、騎手は1つでも上の着順を目指して騎乗すべし、という、当たり前と言えば当たり前の規約が記されているのである。

 ここで問題となってくるのが、「B6、パート2」と「D45、パート5」の兼ね合いだ。最高の着順を目指すには、ムチを使って馬を励ますという手段が有効なのだが、一方で、ムチの使用には制限がある。極端な例を挙げれば、ゴール間際で2番手にいる馬の騎手が、「あと1回ムチを使えば先行している馬を交わせる」のだが、しかし「あと1回ムチを使うと過剰使用で違反行為となる」という局面に陥った時、その騎手はどうすべきなのか、という問題が生じるのである。英国で今、大きな議論を呼んでいるのも、この点である。

 マスコミをにぎわしている論調の半ば以上は、フランキーを擁護するものだ。

 いわく、プリンスオヴウェールズSにおけるデトーリの騎乗が、巧みにして鮮やかだったことは、誰の目にも明らかであった。後方から追い上げたリワイルディングには、ゴール前における騎手の強い扶助が不可欠であったこともまた明白だ。数えてみれば確かにムチの使用回数は多かったが、リズムに乗っての見事なステッキワークであり、しかも、軽やかに馬を叩いていたため、馬を虐げているという印象を持った者は、おそらく皆無であったろう。

 今年のロイヤルアスコットのベストレースと言っても過言ではない名勝負を演出した一人が、称賛されこそすれ、ペナルティーを科せられるのはおかしい。さらに言えば、これを定めたルールそのものがおかしく、規定に変更を加えるべきである、というのがその論旨である。

 また、今年のロイヤルアスコットでは、5日間でフランキーを含めて9人もの騎手が、ムチの過剰使用でペナルティーを受けている。そういう規定の存在は認めるにしても、Recommended Numberという曖昧な表現を用いている以上、施行者側も運用するにあたっては、もう少し融通を利かせても良いのではないか、との主旨の評論も見受けられた。

 一方で、裁決委員の決定を支持する声も、当然のことながらある。馬を過剰に叩くことは、競馬のイメージを悪くするものであり、世情を鑑みても現行のルールは適切である。

 また、そのルールを厳密に守ったのが、2着に敗れたソーユーシンクのライアン・ムーアだ。ルールを破って勝利したデトーリにお咎めがなくては、ルールを守って敗北したムーアが浮かばれず、さらに言えば、ソーユーシンクの馬券を買っていたファンも納得しないはず、というのが、裁決委員擁護派が展開している論陣である。

 どちらも正論だけに、白黒はっきりつけがたいのが、この議論だ。前述した「極端な例」に対して、明確な答えを見出すことも困難である。

 そういう意味で、ムチ使用の是非は、おそらく競馬にとって、永久について廻る議論なのであろう。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

新着コラム

コラムを探す