ムチ使用の新ルールに大きな混乱と波紋

2011年10月19日(水) 12:00

 先週のこのコラムで詳細を御紹介した、競馬発祥の地イギリスで導入された、ムチの使用に関する新ルールが、予想されていた以上の混乱と波紋を生んでいる。

 もう一度おさらいすると、10月10日付けで導入された新ルールの骨子は以下の通りである。

 (1)平地競馬で騎手が1レース中に馬を叩く回数を7回までとする。なおかつ、最後の1Fの間に叩く回数を5回までとする。
 (2)障害競馬で騎手が1レース中に馬を叩く回数を8回までとする。なおかつ、最終障害飛越後ゴールまでに叩く回数を5回までとする。
 (3)騎手がムチの使用に違反して3日以上の騎乗停止処分を受けた場合、そのレースで騎手が得る騎乗料や、賞金からの分配金を、没収するものとする。

 導入初日となった10日(月曜日)に、新ルールに抵触してさっそく騎乗停止処分を通達されたのが、キーレン・フォックスとリチャード・ヒューズだ。

 サリズバリー競馬場の第7競走でオーソドックスラッド(牡3)に騎乗したキーレン・フォックス。ハンデ戦らしくゴール前は4頭の叩き合いとなり、最後はフォックス騎乗のオーソドックスラッドが2着のオーツィー(牡3)に短頭差競り勝って勝利を収めたのだが、レース全体で11回、最後の1Fで7回馬を叩いてしまい、15日間という長期の騎乗停止処分を受けた上に、騎乗料没収処置をとられたのである。複雑な表情だったのが、オーソドックスラッドの共同馬主の一人で、同馬の生産者でもあるスティーヴ・ナン氏だった。「キーレンの騎乗は完璧だったと思う。私は馬が大好きで、愛馬が傷つく場面は見たくないが、この1勝はオーソドックスラッドにとって非常に貴重なものだ。いずれにしても、フォックスに下された罰則はあまりにも過酷だ」。

 同じレースで、勝ち馬から短頭差プラス3/4馬身差の3着に入ったスウィフトブレイド(セン3)に騎乗し、最後の1Fで規定を1回上回る6回馬を叩いてしまったのがリチャード・ヒューズである。隣の馬と接触しそうになる場面があり、レース後ヒューズは「馬を真っ直ぐ走らせるために叩いた」とアピールしたが認められず、10月24日から28日まで5日間の騎乗停止を通達された。

 そのヒューズが、レース後再び裁決室に呼ばれたのは、わずか3日後の10月13日のことだった。ケンプトン競馬場の第5競走に組まれた2歳牝馬戦で、1番人気のモアザンワーズ(牝2)に騎乗し、レキシントンパールとの接戦に首差敗れて2着となった後のことである。3日前とまったく同様に、最後の1Fで6回馬を叩いたヒューズは、短期間における再犯であることを重視され、新たに10日の騎乗停止処分を通達されたのだ。

 ヒューズは、下された裁定を承服しかねるとして、その日の残りのレースにおける騎乗をキャンセル。のみならず、10月15日に開催された第1回英国チャンピオンズデイのG1クイーンエリザベス2世Sで騎乗予定だったディックターピンを含めて、以降の騎乗を全て取りやめ、「ルールが改訂されない限り、私はこのまま引退する」と宣言をする事態となった。

 「私は2度とも、1レースに7回までという回数を遵守している。最後の1Fで5回というのは、仕掛けられた罠のようなもの。新ルールに従うためには、騎乗スタイルを変える必要があるが、そのための時間を私たちは与えられていない。ルールが変わらないなら、私はもう乗らない!」。

 ヒューズと言えば、リチャード・ハノン厩舎の主戦騎手として、今季もキャンフォードクリフスとのコンビでG1ロッキンジSやG1クイーンアンSを制している、欧州を代表するジョッキーだ。その彼が、38歳にして引退の淵に立たされたことで、その原因となったムチ使用に関する新ルールは、喧々囂々たる議論の標的となった。ちなみに、主戦騎手を突然失うことになったリチャード・ハノン調教師は「私はヒューズを100%支持する」と、全面支援を約束している。

 更に、ルール適用3日目の12日(水曜日)には、ジョン・ゴスデン厩舎の主戦で、セントレジャーを含めて今季だけで5つのG1を制しているウィリアム・ビュイックが、リングフィールド競馬場の第5競走で、レース中に8回馬を叩いたとして5日間の騎乗停止に。同じ日のリングフィールドでは、ビュイック以外にも2名の騎手が、新ルールに抵触したとしてペナルティーを通告されている。

 また、10月15日にアスコットで行われたG1チャンピオンSで優勝したシリュスデゼイグル(セン5、父イーヴェントップ)の騎乗者クリストフ・スミヨンもまた、ムチの過剰使用で5日間の騎乗停止処分を受けている。

 こうした状況を踏まえ、新ルールの白紙撤回を求める一部のジョッキーが10月17日の騎乗をボイコットすることを計画。統括団体のBHAが、騎手側の代表者と17日に話し合いの場を持つことを約束したため、ボイコットは回避されたが、導入後わずか1週間で、新ルールを巡る騒動は切迫した事態を迎えることになった。

 騎手側から、代表幹事を務めるケヴィン・ダーレイの他、フランキー・デトーリ、トニー・マッコイ、ライアン・ムーア、リチャード・ヒューズといった、錚々たる顔触れが参加。サポートする立場にある者としてジョン・ゴスデン調教師も出席して行われた14日の会合で、主催者団体のBHAは、専門家グループに対して、新ルールを再検証するよう指示したことを報告。合わせて、21日(金曜日)までに答申をまとめるよう、専門家グループに要請したことを明らかにした。

 この問題がどのように決着するか、しばらくは目の離せない状況となっている。

▼ 合田直弘氏の最新情報は、合田直弘Official Blog『International Racegoers' Club』でも展開中です。是非、ご覧ください。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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