スターターの仕事と名手・武豊のスタートテクニック

2012年07月24日(火) 18:00

知られざるスターターの仕事とは!?

知られざるスターターの仕事とは!?

 この人たちがいないと競馬は始まらない! と言っても過言ではない「スターター」に今週は注目します。

「まずお話のはじめに、スターターの台に乗ってる人が一人でゲートを開けてるのではない、ということを知ってもらいたいです。スタート台に立つ人、馬の後ろで長い鞭を持ってる人、ゲート前に合図のフラッグを持ってる人の3人体制でスタートを見守っていることを、競馬の中継やレース観戦で見てもらいたいです」

 そう語る緒方一徳スターターは、僕たち競馬学校12期生の学校時代の教官でした。3年間みっちりしごかれましたね。騎手になってからもしごかれましたが。

「特にツネイシは馬乗りがへたくそだったから、騎手になれるのかと心配でしたよ」

常石 :いやいや(苦笑)。今日はその話ではなく、スターターの仕事とはどんなことなのかを教えてください。よろしくお願いします。「競馬の発走前に旗を振ってるオッサンは誰ですか?」「どうしたらなれるのですか?」というファンの声が多いのですが?

「ハッハッハ(笑)。オッサンですか? 紳士っぽくしているつもりなんですがね。あれはみんなJRAの職員です。いろんな部署で経験をつんだ上で、その中から選ばれます。はじめからスターターになる人はいません。とっても難しい仕事なので、日々実践を積んで勉強しています。

 最初は、スターターになりたいと思ってJRAの職員を希望してくる人もいるようですが、いざ現場を見ると、なりたいという人は誰もいないようですよ。それくらい難しく、神経を使います。

 私も教官時代はスターターになりたいと思っていました。この仕事を始めて11年になりますが、いまだに難しいですね。競馬学校の教官のほうが楽しかったです。時々ツネイシみたいに手のかかる騎手候補生がいるようだけど(笑)?」


教え子・12期生たちと緒方スターター(中央)

教え子・12期生たちと緒方スターター(中央)

常石 :そうでしたよね。授業が終わってからも、ずっと特訓をやってました。同期のみんなが付き合ってくれたんですよ。随分助けられました。(感謝)

「諦めんと、よう頑張ったな。3年生になって急に上手くなったもんな」

常石 :はい、ありがとうございます。おかげさまで卒業の時、努力賞を表彰していただきました(照笑)。やっぱり先生方がずっと僕たちに付き合ってくれたおかげです。(感謝)

「それに女子が3人もいたので、女子にも体力をつけようとみんなよく頑張ったね。だから今みんな活躍しているんだよね。嬉しいですよ。

 スタートの位置に立つとみんなの気迫が伝わってきて嬉しいので“ガンバレ”と思います。でもスタートは公平にやってますよ。誤解のないように」

常石 :スタートの一番難しいと思うとこはどんなところですか? 例えば、どんな勉強をされているんですか。

「カンパイは絶対に許されないことだから、みんな一斉にスタートさせること。もうすぐオリンピックが始まるけど、陸上のスタートでのフライングも同じですよね。0.00秒の差で金メダルにつながっていくからね。

 1度ゲートが開いてしまうと馬は全力で走ってしまうので、スタートのやり直しは利かないですよ。だから瞬間は緊張します。息を止めてーって感じかな。

 カンパイになったらファンの人たちをはじめ、馬主や厩舎関係者みんなに大損害をさせることにつながるので緊張、慎重を重ねますよ」

常石 :先生、それってシャレですか?

「いやいや。それだけ慎重に進めているということですよ。スタートの瞬間のDVDを見て、タイミングの取り方を勉強したり。あとは、出走する馬の癖をしっかりつかんでおかないと、一斉にスタートさせられない。それに、騎手の癖なんかもあるんですよ。それらをつかむのは難しいけど、なかなか面白いです。

 例えば武豊騎手は、ゲートを出るのが抜群に上手いんです。おそらく1回もゲート内で立ち上がったことはないと思いますよ。豊騎手のゲート出を、ビデオに撮ってみなさんにお見せしたいくらいですね。何枠出走になるか分からないので無理ですが、センスの良さは天性だと思います。

 馬は狭いゲートを嫌うので、変な動きをしたり、嫌がって立ち上がったりするんですが、ポジションを動かしてタイミングを計っています。馬の顔をくっと横向きにしたり、前傾姿勢にしながら馬を落ち着かせている。絶妙なテクニックですよ。

 他の騎手が同じようなことをしようとしても、横向きになった首を正面に向かせてからスタートするので、出遅れになってしまうんですね。またゲート内で前傾姿勢で重心をかけていると、ゲートが開いた瞬間に前に突っ込みやすくなるので危険だと言われています。

 言うのは簡単ですが、実際にやってみると騎手は危険も伴うので大変だそうです。それにスタートした瞬間の、騎手の重心のかけ方で、レースも変わってきますからね。馬も個々でタイプが違うので、自分自身でつかんでいってもらいたいです。そこが騎手の腕の見せ所のひとつです」

常石 :昔は全馬ゲートに入ったら「出ろって」て合図があったそうですが、今でもあるんですか?

「いやいや、今はなくなりました。だから全馬揃ってスタートさせるのが難しくなりましたね。ゲートで馬のタテガミを持つと、出遅れにくくなるし落馬も少なくなるんですが、それだと馬のやる気を損なわないように持つのが難しいんですよね」

常石 :競馬学校時代に教えてもらいましたが、なかなか持てないんですよ。意外と難しくて、簡単にはできなかったです。

「僕も苦労しました。でも、一度成功すると出遅れないので、こんなに大事なことで簡単なことができなかったのかと反省します」

常石 :レースのない日はどんなことをされていますか?

「朝の調教のときは、ゲート練習を見たり、馬の癖などをつかんで勉強しています。午後は、前の週に行われたレースのDVDを見て、スタートの時に少しでも危ないと思った騎手に注意をしたりアドバイスをしています。ヨーイドンと言われたらちょっとでも早く出たいし、体が前に行ってしまいますよね。そこを変えることでスタートが上手くなり、危険度も少なくなって欲しいと思います」


競馬学校の教官は夢のある仕事

競馬学校の教官は夢のある仕事

常石 :話は変わりますが、先生のお父さんは地方競馬の調教師をされていましたよね。騎手や調教師への道は考えなかったんですか?

「つい最近まで調教師をやってました。小学校の時は騎手になりたいと思いましたが、背が高くなり、今見ての通り体重も増えたので諦めました。その後馬術部に入り、競馬学校の教官になりました。ひとりひとりが成長し、騎手に育っていってくれる夢のある仕事なので嬉しいです。そして、今に至ってますよ」

常石 :最後にファンにメッセージをお願いします。

「馬の邪魔をしないで、持っている能力を引き出し、レースがスムーズに運べるようにいつも研究をしています。直接馬には触れないですが、少しでも競馬の魅力を伝えられ、ファンサービスができたら嬉しいです。それと、馬も関係者も事故のないように心がけたいです。馬が主人公で、それを囲むみんなが集まって、競馬を盛り上げて行きたいと思います」

「馬」が主人公のドラマを生で観戦しに、競馬場へお出かけください。きっとステキなドラマが待っています。常石勝義ことつねかつでした。[取材:常石勝義/栗東]

◆次回予告
暑さ厳しい夏の期間、トレセンではどうやって馬のコンディションを維持しているのでしょうか。次回は赤見千尋さんが、美浦の斎藤誠厩舎に潜入。驚きの暑さ対策をご紹介します。公開は7/31(火)18時です。

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常石勝義

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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