凱旋門賞の挑戦者『ディープは2度負けない、もう一度挑戦したかった』

2012年09月11日(火) 18:00

 感動とパワーが爆発したロンドンオリンピックに続き、パラリンピックもいっぱいの勇気をくれましたね。パラリンピックならではの競技もあり、興味深かかったです。ちなみにパラリンピックは、イギリスの病院の患者さんからの始まりだそうです。

 みなさんは、どんな競技に関心を持たれましたか? 僕は、やっぱり乗馬です。出場されていた浅川信正さんと知り合いなので、大声で声援を送ってしまいました。世界のレベルの壁は高い…。乗馬の聖地で堂々の騎乗は素晴らしかったです。

 いよいよ秋競馬の始まり。そして歴史あるフランスの凱旋門賞にオルフェーヴルが挑みます。10月7日が楽しみですね。

 フランスから毎日のようにオルフェーヴルのニュースが飛び込んできています。8時間の時差なんてなんのその……見逃せませんよね。9月16日の前哨戦仏フォワ賞に向けてクリストフ・スミヨン騎手を背に、1週前追い切りを3頭併せ先着と、順調に消化しているようです。

 かつて2006.10.1にディープインパクトで挑戦した調教助手の池江敏行さんと担当厩務員の市川明彦さんに、オルフェーヴルの応援もこめて、その時のエピソードを聞いてきました。


ディープ担当・池江敏行助手

ディープ担当・池江敏行助手

 まずは池江助手に、ディープインパクトの魅力と凱旋門賞の迫力を聞いてきました。

常石 :一番印象に残ってることは?

池江 :ファンファーレが鳴っただけで感動していましたね。やっぱりあのレースは雰囲気が違い、全身鳥肌がたったよ。幸せだと思った。つねちゃんには悪いけど、それしか覚えていないな(爆笑)。それくらいすごかったんだ。

 僕は、この馬でダービーを勝たせてもらってるけど、独特の緊張感と達成感で「よっしゃー! ヤッター! ありがとう!」の思いがいっぱいの、特別な馬なんだよね。ディープは今も種馬として活躍しているので、子供たちが凱旋門賞を目指してくれるのが楽しみ。おれももう一度行ってみたいよ。

 ドバイも経験があるけど、凱旋門賞はなんかが違うんだよな。ドバイはお祭りって言う雰囲気で、競馬をみんなで楽しみましょうだけど、馬のレベルも難易度も高いので、勝つことは素晴らしいことだと思うよ。

 凱旋門賞はまた雰囲気が違って、世界各国からダービーなどを勝ち、活躍した馬が集結し、世界一を目標とした国際競走。おれの中では 世界最高峰だよ。あれはね、競馬人なら一度は経験したいレースだと思うよ。歴史があり別格だよ。その地にディープと一緒におれも立ったんだから、武者震いしたよな。つねちゃんも競馬人間だったら、一度は経験したらいいよな。この経験が生きる糧につながると思うよ。

常石 :いやいや僕は、もうだめですよ。

池江 :騎手でなくてもどんな形でもいいから、そこの地に立つことに大きな意味があると思う。

常石 :是非、応援に行ってみたいですね。でもフランス語しゃべられへんわ(笑)。言葉では困りませんでしたか?

池江 :なに言ってんの? バイリンガルよ。大分弁に関西弁それから…

 いやいや、やっぱりコミュニケーションが取れなくて苦労しましたね。だからあんな手違いが起こって残念な結果になってしまったけど、ディープの実力と実績は証明されたよね。

 慣れてくるとニンジンを買いに、一人で出かけたよ。パンが美味しいんだよな。クロワッサンとカフェオーレ。人間も元気でないとね。ここで暮らす生活力が大事。これも経験というか、この地にいかに早く馴染むかなんだよね。

常石 :残念な結果になってしまったけど、走った実績と3着はちゃんと見ましたよ。

池江 :いやいや、結果論だから、ディープにとっては問題じゃないよ。強さが証明されたんだから。やっぱり経験があるのはすごく大きいと思うよ。ディープのような馬をもう一度調教できたら、凱旋門賞に連れて行き、勝てる自信があるよ(笑)。

 泰寿調教師はディープの時に経験し、海外実績があるから、十分に生かせると思う。また日本人調教師の小林智厩舎に滞在できるから、いろんな面で有利でしょう。フランスで調教師免許を取って開業して3年経ち、「フランスでのことは僕に任せろ」と頼りになる。これは大きな戦力だと思うよ。

 調教師免許を習得し、泰寿厩舎で勉強中の高橋康之さんがフランスとイギリスへ研修に行き、小林厩舎で調教騎乗させてもらい、コースを確かめたそうです。4馬房からスタートし、今は16馬房になっているそうだよ。見学ではなく実践を積んだことが開業した時に大きな糧になると思う。凱旋門賞へ挑戦する馬が出てきたらもっとすごいよね。2年後の調教師誕生も楽しみですね。高橋さんの意見も貴重ですね。

 調教コースも一応決められているが、自然のコースなので「ここを走りなさい」とコーンが置かれているだけ。キャンターしていると、向こう正面から馬が入ってきたりするので、馬も人もびっくりして「おいおい」って感じやった(笑)。馬場が痛むと調教コースも変わり、キャンターも速いのでので、霧が多いときは大変だったな。日本ではありえないもんな。

 でも慣れてくるもんよ。だから経験が大事なんだ。いろんな人に話を聞いていても分からんもんな。経験が何ものにも勝る。最大の財産だよな。

 コースもでこぼこし、芝が深いので、力がいるコースになっている。最初は戸惑ったが50日間くらいいたので、ゆっくりじっくり調教を始めることができた。ディープはとっても賢い馬だったので早い段階で自分で覚えていってくれて、日本での調教とは違う筋肉がついたね。


ダービー優勝時のディープインパクト

ダービー優勝時のディープインパクト

武豊騎手と喜び合うお2人

武豊騎手と喜び合うお2人

常石 :ディープインパクトの魅力は乗った者にしか分からないと言われますが、どんなところですか?

池江 :新馬の時、自分自身を抑えきれない精神面の幼さがあった。尻っぱねをするので、この動きは勝負を大きく左右する。怪我をすることにもつながると思った。闘争心もかなり強いので、長距離のレースでは前半にスタミナを使ってしまうと、最後の直線で得意の追い込んだ時に加速する体力がもたない。

 ディープが本気を出して走りだすと、名ジョッキー武豊さんでも「抑えきれない」と言わせるほどのパワーがあったので、常に冷静に走れる精神力が必要。調教中に「まだだよ、我慢しなさい。いい子だ、いい子だ。もうちょっと我慢だよ」とずっと声をかけながら、親が子供に言い聞かせるようにして教えていった。教えたことは全て覚えてくれたので、僕のモチベーションもかなりあげていきましたね。

 ディープに跨ると「この馬、走るわ」と100人中100人が言う。100人は大げさか(笑)? この子のいいところは持って産まれた体の柔らかさだな。うらやましいくらいに柔らかく柔軟なので、筋肉に伸びがある。だから1完歩のストライドが大きいし、ピッチ走法が早いから、飛んでいるように見えるんですよね。背中が柔らかく筋が真っ直ぐに伸びているので、跨っていても疲れない。これが乗った者にしか分からないということなんだよ。筋が真っ直ぐに伸びていると、余分な筋肉がつかないんだ。必要な筋肉だけがある、バネも強く、軽く走れる。

 人間で言うとボディービルダーは見せる筋肉。イチローやユタカさんは中心がしっかりしているから必要な筋肉しかついていないんですよ。だから騎乗スタイルがきれいで安定しているでしょう。あんなふうに乗りたいけど、難しいんだよな。天性ですね。

常石 :ディープもヤンチャな面があったんですね。他にメジロマックイーンやステイゴールド、トゥザグローリーなど多くの名馬を調教されてきましたよね。

池江 :ステイゴールドもヤンチャですごい乗りにくい馬だったんだよ。種取るかと言っていたくらいなんだ。取ってたらドリームジャーニーもオルフェーヴルも産まれてなかったよな。最高レベルのレースに挑戦できるんからすごい血統の馬だな。 幸せですね。メジロマックイーンを手がけたからディープの調教にも随分役に立ったよ。頑張って欲しいね。やってくれると思うよ。つねちゃん一緒に応援に行くか(笑)?

常石 :は…はい。じゃ急いでフランス語勉強しなくては。ボンジュール! 貴重なお話ありがとうございました。

 続いて、ディープインパクトの糞や尿のチェックまでしたという市川厩務員にもお聞きしました。

常石 :一番印象に残っているのは?

市川 :成田から直行便でフランスへ11、12時間くらいで着くので、飛行機内でのケアはドバイへの経験があったので心配もなく上手くできた。お世話になるラフォン・パリアス厩舎は、馬房がコの字型で2枚扉になって開いているので、みんな顔を出している。

 ディープインパクトが帯同馬ピカレスクコートと一緒に馬房の前でくるくる回っていると、「よそもんが来たなー、なんか入って来たなー」って感じでざわざわとなった時、ディープがいきなり「バーンって」嘶いたんですよ。「おれはここのボスだ」と宣言した感じでしたね。

 嘶いた後はけろっとし、馬房に入ると他の馬たちもしーんとなっていました。あとは「早く餌くれって」感じで普段通りにしているのにはびっくりしたな。普段はおっとりしているが、野生的な度胸を見せ付けられましたね。国内でも環境が変わるとうろうろすることもあったのに、驚いてしまいました。誘導してくれたラフォン・パリアス調教師はその様子を見て「この馬はすごい」とびっくりされましたね。


ディープ担当・市川明彦厩務員

ディープ担当・市川明彦厩務員

常石 :やっぱりディープですね。何かやってくれると思っていましたが、ボスですか。ところで馬場はどうですか?

市川 :ダートのコースが重い。芝コースは芝目が長くでこぼこの感じがするので、走り方が変わるというより、筋肉質に変わっていた。 日本と比べ自然な感じで作られている。シャンティーもロンシャンも同じ感じ。ここの芝に慣れないと、ここでは戦えないと思う。「郷に入れば郷に従え」ということもあるように、早目に入り、慣れていった。

 パリアス厩舎で1頭選んでもらい、帯同馬と併せて調教を消化しました。森のようなコースで毎日変わるので、変化があり筋肉のつき方が変わっていきました。

 ドバイに2回行ったんですが、管理が上手くできなく失敗があリましたので、失敗を繰り返さないようにノウハウをしっかり生かしました。日本から持っていったものから徐々にフランスのものに変えていき、環境に慣れる。例えば餌など。その時に大事なのが糞の形、匂い、消化具合、また尿の出方、量やする場所によって体の具合が分かるので、丁寧にチェックする必要がありますね。

 勿論日本でも同じなのですが、環境が変わることで尿や糞が出にくかったりすることってありますよね。人間でも。飼い葉を食べる様子も大事ですが、排泄物の様子はもっと大事ですね。これによって病気や怪我の早期発見にもつながってくるんですよ。

常石 :オリンピックでも競技をする前に向こうの生活に慣れるノウハウや、快適に過ごせるように工夫するマニュアルがあったそうですよ。

市川 :そうなんですよ。まずは健康でないと戦えませんからね。どんなにすごい技やスピードがあっても、おなか痛かったら走れないでしょう。

常石 :それが経験から産まれる健康で快適に過ごす「技」なんですね。僕ももうすぐ乗馬の大会があるんですが、経路ばかりにとらわれていないで、快適に乗る「技」のノウハウを身につけるとバッチリですかね(笑)。

市川 :その通りですね。結果は後からついてくるもんなんです。結果にはこだわらないが、もう一度参戦できなかったことが残念ですね。ディープは2度負けない馬なので、もう一度挑戦したかった。

常石 :ディープは、乗った者にしか分からないとよく言われますが、どんなところですか?

市川 :入厩してきたころは、馬体が小さいので大丈夫かなと思ったくらい。乗り運動をしていた時に少し乗ったことがあるが、歩様がきれいでキャンターがきれい。馬上の人間が疲れない。バランスがいい。筋肉が柔らかくサラブレットの見本みたいな馬。あとは皮膚が薄く、人間で言うともち肌のようでした。人のもち肌って、触ったことがないのでよくわからないですがね(笑)。

常石 :そうなんですか(爆笑)。見た目でも顔色や艶で疲れなど分かりますよね。凱旋門賞に向かうとはどんなことでしょう?

市川 :凱旋門賞は日本では味わえない、王室の品格のある競馬だと思う。経験できたことはディープにとって大きな財産です。ディープの子供たちがどんどん挑戦してくれること、そして父ディープを超える馬が出てくれるとディープも嬉しいでしょね。私も、もう一度挑戦したいと思っています。だから経験豊かな池江泰寿調教師とオルフェーヴルには期待がいっぱいです。

常石 :ありがとうございました。

 ディープの秘話も聞いちゃったし、乗馬の本場で僕も挑戦したいと思いました。常石勝義ことつねかつでした。 [取材:常石勝義/栗東]

◆次回予告
「チームエルコンドルパサー」で、2010年2011年と2年連続で凱旋門賞に挑戦したナカヤマフェスタ。日本馬最先着の2着と好走したフェスタの遠征秘話を、赤見千尋さんが堀内持ち乗り助手に伺います。公開は9/18(火)18時、お楽しみに。

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常石勝義

常石勝義
1977年8月2日生まれ、大阪府出身。96年3月にJRAで騎手デビュー。「花の12期生」福永祐一、和田竜二らが同期。同月10日タニノレセプションで初勝利を挙げ、デビュー5か月で12勝をマーク。しかし同年8月の落馬事故で意識不明に。その後奇跡的な回復で復帰し、03年には中山GJでGI制覇(ビッグテースト)。 04年8月28日の豊国JS(小倉)で再び落馬。復帰を目指してリハビリを行っていたが、07年2月28日付で引退。現在は栗東トレセンを中心に取材活動を行っているほか、えふえむ草津(785MHz)の『常石勝義のお馬塾』(毎週金曜日17:30〜)に出演中。

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