『活字競馬』と逆アプローチ

2013年08月10日(土) 12:00

 先日、文芸評論家として知られる北上次郎氏(競馬エッセイストとしての筆名は「藤代三郎」)の『活字競馬 馬に関する本 究極のブックガイド』(白夜書房)を読んだ。芥川賞作家の保坂和志氏のデビュー作『プレーンソング』に、登場人物が競馬をするシーンが描かれている……といったように、「意外なところに競馬の描写がある」とか、「この作家も競馬を描いている」といったことを教えてくれる一冊だ。

 そのなかに、直木賞作家の三好徹氏の『男が賭けるとき』という作品も紹介されている。これは競馬情報屋が主人公で、1970年に刊行されたの長編のようだが、以前本稿でも紹介した、「小説サンデー毎日」1973年2月号所収の「鞍上の人」という短編も面白い。こちらはいわゆるノンフィクションノベルで、日本にモンキー乗りをひろめた保田隆芳氏の騎手引退レースを、弟弟子でライバルでもあった野平祐二氏とのやりとりや、保田氏の生い立ちなどをまじえて描いたものだ。

『活字競馬』を読むと、特に70年代に、この三好氏のほか、阿部牧郎氏、石川喬氏、この春亡くなった佐野洋氏ら、何人もの競馬好きの作家が優れた競馬小説を残していたことがわかる。

 と、ここまでは、「幅広いジャンルの作品を書いている作家による競馬小説」について話を進めてきた。

 最近私は、その逆で楽しんでいる。「競馬の専門的なことを書いている作家による、その他のジャンルの小説」である。

 もっとも近い過去に読んだのは、競馬評論家として知られる山野浩一氏の『鳥はいまどこを飛ぶか (山野浩一傑作選I)』 (創元SF文庫)である。私の不勉強で、山野氏が作家であることは知っていたが、これまで氏の小説を読んだことはなかった。

 今月22日にオンエアされる、グリーンチャンネルの寺山修司没後30年特番で、「寺山修司を初めて競馬場に連れていった人」として山野氏にインタビューすることになり、その前に、三島由紀夫、安部公房といった大物に高く評価され、寺山も読んだという山野氏のデビュー作「X電車で行こう」を読んでおきたくて、それが収録されているこの本を買った。いや、参った。私は一発で「SF作家(私は「ファンタジー作家」と呼びたいが)・山野浩一」のファンになってしまった。テレビの「世にも奇妙な物語」になりそうな短編集で、50年近く前だったり、30年ほど前に書かれたものばかりなのに、今読んでも面白い。脳科学者の茂木健一郎氏が多用して広く知られるようになった「クオリア(=感覚的質感。世界は個人のクオリアによって、その人だけが感じている独自のものになっている、と考えられる)」や、自分は何者で、他者との違いや、もっと踏み込んで他者と自己の境界はどこにあって、どんなものなのか……といったことを考えさせられる。

 最近の私の一番の楽しみは、『殺人者の空 (山野浩一傑作選II) 』(創元SF文庫)を読むことである。

 そして、デビュー作『女騎手』で第30回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞した蓮見恭子さんの作品でも、大いに楽しませてもらっている。

 蓮見さんは「優駿」や「うまレター」といった競馬媒体にも寄稿しているが、活動の軸足を「ミステリ作品を書くこと」に置いているので、本当は『活字競馬』側からアプローチした先にいる作家、と言うべきなのだろう。が、私が初めて読んだ彼女の文章が「優駿」の有馬記念観戦記で、次に『女騎手』を読んだこともあり、私の感覚としては、「山野浩一さん的な(つまり専門家的な)立ち位置で競馬の文章を書ける人」なのである。

 蓮見さんが昨年上梓した、高校野球に懸ける若者たちの姿と、身元不明の死体の謎とをリンクさせた「スポーツ&社会派サスペンス」の『ワイルドピッチ』(光文社)は、読み出したら止まらなくなった。小桧山悟厩舎の小手川準調教助手は、馬運車のなかでこの本を楽しんだという。

 蓮見さんの最新刊である青春ミステリー『拝啓 17歳の私』(角川春樹事務所)もいいが、私が彼女の作品で一番好きなのは『アンフェイスフル 国際犯罪捜査官・蛭川タニア』(角川文庫)だ。私は 蓮見作品に出てくる男たちと接するのが好きで、情けなかったり、野暮ったかったり、ときにカッコよかったりと、リアルな意味での「男らしさ」がある連中と作中で会うことができる。蓮見さんが実際には描写していなくても、読んでいる私には、道端にしゃがみ込んでシケモクに爪楊枝を差して吸い、痰をペッと吐き出す赤ら顔の男が見える。私はそういう男が好きとか、自分がそうなりたいと思っているわけではないが、そういうヤツがいる世界が好きなのである。描かれている世界が好きだから、そこで何が起きても楽しめる、というわけだ。

 で、そんな男たちを翻弄する女捜査官タニアが、またいい。いわゆる普通の美人ではなく、爬虫類を思わせる怖さがある女だが、そんなところも私にとっては「クールビューティ」で、荒川静香的な優美さを勝手に感じてニタニタできる。

 活字から立ち上げたイメージのなかでたゆたうのは、とても心地好い。そこに競馬がこうした絡み方をしてくると、さらに嬉しいし、ちょっと得した気分になる。

 次はどんな本に出会えるだろうか。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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