真夏のマイル王決定戦・ジャックルマロワ賞回顧

2013年08月14日(水) 12:00

 8月11日(日曜日)にフランスのドーヴィルで行われたG1ジャックルマロワ賞(芝1600m)は、真夏のマイル王決定戦という看板に相応しく、6頭ものG1勝ち馬が顔を揃えるという豪華な組み合わせとなった。

 場内は、近年のドーヴィルでは見たことがないほど、お客さんでぎっしりだった。

 筆者は、当日午前にパリのシャルルドゴール空港に到着し、レンタカーを借りて一路ドーヴィルに向かい、ジャックルマロワ賞の1つ前のレースの出走馬がパドックを廻っている頃に競馬場入りという、いささか余裕のないスケジュールでの取材となった。

 で、筆者が競馬場に到着した時のおはなし。

 競馬場正門のチケット売り場の前が長蛇の列で、凄い人気だなと眺めていたら、列がちっとも進まずに、先頭のお客さんが窓口の人と揉めている様子なのが目に入った。何事かと思って近づくと、なんと、チケットが売り切れなのだという。満員で札止めなのかと思いきや、そうではなく、チケット用のロールペーパーを使い切ってしまったため、入場客に手渡すチケットが無いんだ、とさ。

 フランスですから、というか、日本以外では、こういうことも起きるものです、ハイ。

 閑話休題。

 出走メンバーは、実績が華やかだっただけでなく、このレースに向かうにあたって常ならぬ遍歴を持つ実績馬が複数いたことが、今年のジャックルマロワ賞にひときわ大きな関心が寄せられていた所以だった。

 例えば、単勝2.8倍の1番人気に推されていたアンテロ(牡3、父ガリレオ)は、今年のG1仏ダービー(芝2100m)勝ち馬である。それも内容の濃い勝ち方で、近年の仏ダービー馬の中では最強との評価が定着。秋のG1凱旋門賞(芝2400m)の有力候補と目されている馬である。そういう立ち位置にある馬が、G1仏2000ギニー(芝1600m)における敗戦がよほど悔しかったのか、マイルのG1も勝てることを証明したいという馬主さんの意向によって、この路線に転入。ジャックルマワロワ賞を勝ちたいのならば、直前走もマイルを走っておくべきという管理調教師の進言によって、7月7日にメゾンラフィットで行われたG3メジドール賞(芝1600m)を使われて勝利を収め、アンテロはここに駒を進めてきたのである。

 あるいは、単勝3.2倍の2番人気に推されたムーンライトクラウド(牝5、父インヴィンシブルスピリット)。8月4日にドーヴィルで行われたG1モーリスドゲスト賞(芝1300m)を快勝し、このレース3連覇の偉業を達成。普通ならば「お疲れ様」とご褒美の夏休みをもらうところが、なんと連闘でここへ臨んできたのである。実は、モーリスドゲスト賞からジャックルマロワ賞というのは、この馬が昨年も辿ったルートだ。その昨年のジャックルマロワ賞で、前半後方を進んだムーンライトクラウドは、抜群の手応えで追い出しにかかった残り500m付近で、バテて急激に下がって来た逃げ馬と接触するアクシデントに遭遇。「アンラッキーな敗戦(4着)」と言われた1年前の悔しさを忘れることが出来ない陣営は、5歳牝馬の彼女に今年も連闘での参戦を命じたのだった。

 そして、単勝5.0倍の3番人気に推されたドーンアプローチ(牡3、父ニューアプローチ)。デビューから楽勝続きの7連勝でG1英2000ギニー(芝8F)を制した同馬。2冠に挑んだG1英ダービー(芝12F10y)でスタート直後から行きたがり、抑えようとする騎手と喧嘩をしっぱなしという醜態を演じ、12頭立ての最下位に敗れて連勝がストップ。復帰の時期を定めずに立て直しを図るとされた当初の予定を覆し、中17日でロイヤル開催のG1セントジェームスパレスS(芝8F)に出走し、短頭差の辛勝ながらも勝利を収めて復権。ところが前走G1サセックスS(芝8F)で2着に敗れ生涯2度目の敗戦を喫すると、負けを取り返すのに手間をかけるわけにはいかないとばかり、中10日というローテーションでここへ向かってきたのである。

 以下、8.5倍の4番人気は、G1ファルマスS(芝8F)、G1ロスチャイルド賞(芝1600m)と連勝中だった、吉田照哉氏の所有馬イルーシヴケイト(牝4、父イルーシヴクオリティ)。左に寄れる癖がある馬が、大外枠という、外埒沿いを走れる絶好の枠を引いての参戦だった。

 19倍の5番人気が、ロイヤルアスコットの古馬のマイルG1クイーンアンS(芝8F)を制したデクラレーションオヴウォー(牡4、父ウォーフロント)。

 20倍の6番人気が、デビューから6戦5勝の成績で臨み1番人気に推されたG1仏2000ギニー(芝1600m)で、11着に大敗。その後じっくりと立て直しが図られ、3か月振りにファンの前に姿を見せたオリンピックグローリー(牡3、父ショワジール)という、多彩にして層の厚い顔触れで争われたのである。

 アンテロ陣営が用意したプランスダリノア(牡5、父ヴァーグラ)、ドーンアプローチ陣営が用意したレターモア(牡3、父ホーリーローマンエンペラー)に加え、G1クイーンアンS2着馬アルジャマーヒーア(牡4、父ドゥバウィー、46倍の7番人気)の陣営が用意したバーワーズ(牡4、父エクシードアンドエクセル)という、3頭のラビットが馬群を引っ張り、レースは序盤からハイペースで進むことになった。

 先行馬群の直後に付けたのがイルーシヴケイトだったが、自分のリズムで先行するのが理想の彼女にとっては、厳しい展開となった。

 そんな中、イルーシヴケイトと相前後する好位に付けたのがドーンアプローチで、アンテロとムーンライトクラウドは中団、デクラレーションオヴウォーとオリンピックグローリーは後方からの競馬となった。

 馬群が600m標識に差しかかった辺りで先頭に立ったのがイルーシヴケイトで、すかさず仕掛けて付いて行ったのがドーンアプローチ。

 残り250m付近で、1頭だけ桁違いの瞬発力を発揮して馬場の真ん中を抜けたのがムーンライトクラウドで、一旦は後続に2馬身ほどの差をつけた後、ゴール寸前でスタンド寄りをオリンピックグローリーが急襲。2頭の馬体が併さったところがゴールで、写真判定の末に、短頭差でムーンライトクラウドの優勝と決した。勝ちタイムの1分33秒39は、09年のこのレースでゴールディコーヴァが作った1分33秒50を0.11秒更新するトラックレコードだった。

 2着馬から1.3/4馬身差の3着がアンテロで、更に頭差遅れた4着がデクラレーションオヴウォー。終盤詰めを欠いたドーンアプローチは4着馬から6馬身離れた5着に敗退。イルーシヴケイトは7着に敗れている。

 前走時にも感じたことだが、抜け出しにかかった際に見せるムーンライトクラウドの切れ味には、鳥肌が立つほどの凄みがある。5度目のG1制覇を果した同馬は、今度こそしばしのお休みを貰い、次走は10月6日にロンシャンで行われるG1ラフォレ賞(芝1400m)になる予定だ。

 昨秋のG1ジャンルクラガルデル賞(芝1400m)に次ぐ2度目のG1制覇を僅かのところで逃したオリンピックグローリー。あと20mあれば逆転していたであろう、実に惜しい敗戦だった。6月末のこの馬の所有者シェイク・ジョアンと騎乗契約を結んだフランキー・デトーリ騎手にとってはテン乗りだったが、天才ならではの、絶妙なタイミングでの仕掛けであった。今季はまだメジャータイトルの獲得がない同騎手だが、シーズン後半の大暴れを予感させる騎乗だったと言えよう。オリンピックグローリーの次走は、9月15日にロンシャンで行われるG1ムーラン賞になる模様だ。

 良いスピードがあることは再確認出来たものの、トップマイラーを相手に勝ち切るには決め手に欠けることが明らかになったアンテロ。この後は予定通り、G1凱旋門賞に向かう公算大と言われている。マイル戦を2度使われたことで、いかなる影響があるのか(あるいは、影響はないのか)、日本のファンならずとも、今後が非常に気になる存在と言えよう。

 はっきり言って落胆させられたのが、勝ち馬から8馬身差の5着に敗れ去ったドーンアプローチである。「健康であるならばレースに使うべき」をモットーに、多くの活躍馬を送り出し、トップトレーナーの地位を築いたジム・ボルジャー調教師ではあるが、この馬のローテーションに関しては、いささかなりとも「馬が可哀そう」という念を禁じ得ない。ダービーで大敗した後も、依然として「最強のマイラー」との称号を保持していた同馬だが、今回の敗戦によって残念ながらその看板も下ろさざるを得なくなった。レース翌日の獣医検査で、肺にわずかな汚れがあることが判明し、抗生物質を用いた治療が施されることになった同馬。シーズンも後半を迎えようとしている今、この馬が現在置かれている環境をどうリセットし、いかにして評価の再浮上につなげるか、調教師としてのメンツをかけた戦いとなりそうである。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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