禁止薬物の使用で5年間の資格はく奪処分を受けたジェラルド・バドラー調教師

2013年12月11日(水) 12:00


◆発覚したジェラルド・バドラー調教師による虚偽の申告

 ニューマーケットに厩舎を構えるジェラルド・バドラー調教師が、英国の競馬統括団体BHAから、向こう5年にわたる資格はく奪処分を受けた。

 処罰の対象となったのは、禁止薬物であるアナボリックステロイドの管理馬への投与である。

 今年4月、ゴドルフィンのお抱え調教師のひとりだったマームード・アル・ザルーニ厩舎でステロイド使用が発覚し、8年の資格停止処分を受けた時、「実は私もやっている」と自主的に告発したのが、バトラー師だった。

 アナボリックステロイドとは、蛋白質を作りだす機能を持つ物質で、これを摂取すると短期間で劇的な筋肉成長を促す効果があることから、20世紀後半から、スポーツやショービジネスの世界で濫用されてきた過去を持つ。

 競技スポーツの世界では、例えばオリンピックを例にとると1976年のモントリオール大会からアナボリックステロイドは禁止薬物に指定されたが、以降も検査の目をすり抜けて使用しようとするアスリートが残念ながら後を絶たないのが現状だ。近年ではアメリカの大リーグでも大きな問題となっており、ステロイドの使用が発覚した選手が作った記録を認めるかどうかが、議論の対象となっている。

 アル・ザルーニ師の場合は、レース当日の使用が禁じられていることは承知していたものの、レース出走まで間がある馬の使用は問題ないものと思っていたという、競馬施行規定に対する余りにも低い理解が根本にあり、つまりは筋肉増強が使用の目的だったわけだが、バトラー師のケースはアル・ザルーニ師のケースと使用目的が異なることが、4月の事件発覚時から明らかになっていた。

 当時バトラー師は、アナボリックステロイドの中では効能が弱い部類に属するスタノゾノールを含有したサンゲイトという薬物を使用していると告白。ただし目的は筋肉増強ではなく、ステロイドには消炎効果もあることから、関節部位に炎症のある馬に対する治療行為として、患部に直接注入するかたちでサンゲイトを用いていると弁明。なおかつ、この治療はニューマーケットにある競走馬診療所としては最大手のロスデイルに所属する獣医師が行なっており、同じ獣医師が担当している他の厩舎の馬も含めて、ニューマーケットだけで頭数にして100頭以上が同じ治療を行なっているはずと言明。なおかつ、出走時にBHAに対して提出する治療記録にも、サンゲイトを用いた治療は包み隠さず記載しており、サンゲイトの使用はBHAも承知していたはずと抗弁したことから、統括団体であるBHAのチェック機能の甘さに目が向けられたのが、今年4月時点における事件の様相だった。

 だがその後、関係者への事情聴取と、バトラー厩舎所属馬への血液検査、周辺への入念な聞き込み調査を重ねた結果、12月4日に発表されたのが、バトラー師に対する厳罰だった。

 BHAは8月の段階で、2010年以降の3年間で、ニューマーケットに拠点を置く9つの厩舎に所属する43頭の現役馬について、サンゲイトを使った消炎目的の治療が行なわれていたことを確認。この中に、レース当日の検査でアナボリックステロイドの陽性反応が出た馬は居なかったことから、この件に関する処分は行なわないことを決めている。

 その一方でBHAは、バトラー師に対する査問を継続。発覚したのが、バトラー師による虚偽の申告だった。

 バトラー師はサンゲイトだけでなく、ロキソジンと呼ばれる、馬への投与は認められていない、人間に用いた場合を例にとればサンゲイトの10倍は効果が見込める強力なステロイドも使用しており、しかも、獣医師の手に委ねずバトラー師自らが投与したことが、少なくとも16回あったことが確認されたのである。なおかつ、使用したロキソジンは、獣医師が提供したものではなく、バトラー師自身がオンラインで北米の製薬会社から購入していたことが判明。こうした、自らが行なった治療行為を治療記録に記載せず、また厩舎に出入りしていたロスデイルの獣医師にも隠匿していたことが明らかになったのである。

 BHAは、治療目的とは言え禁止されているアナボリックステロイドを管理馬に対し用い、その使用履歴を主催者に対して正しく申告しなかったことは、競馬施行ルールに対する重大な違反行為であるとした上で、獣医師資格のない者が治療行為にあたった点については国の法律にも抵触すると断定。更に、バトラー師が犯した最大の重罪は、薬物に対する正しい知識がない者がロキソジンほどの強い薬物を馬に投与したという行為で、動物に対する虐待とも受け取れると断罪。バトラー師がこれまで積み重ねてきた競馬業界に対する功績を鑑みたとしても、厳罰は免れないとして、2018年12月4日まで5年間にわたる、資格停止処分が課されることになったものだ。

 バトラー師は、現在47歳。98年に開業し、翌99年にコンプトンアドミラルでG1エクリプスSを制覇。02年にはイルーシヴシティでG1モルニー賞を制するなど、着々と実績を積み重ね、一時は80頭を越す管理馬を抱えた時期もあったが、その後は目立った活躍馬が出ず、最近は管理頭数が40頭を切るところまで減少していた。

 あらゆるスポーツにおいて薬物使用を厳しく取り締まろうという時勢の中、競馬サークルからは金輪際、この手の不正発覚がないことを祈りたい。

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合田直弘

1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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