2013年12月16日(月) 12:00
メイショウマンボ以前のGI勝利は、すべて伏兵でだった武幸四郎騎手。マンボの主戦となり勝利を重ねる毎に、幸四郎騎手がたくましくなっていったように見えると松本オーナーは言います。そこには、周りから何を言われても幸四郎騎手を乗せ続けたオーナーの信念が。“大舞台での乗り替わり”松本オーナーのお考えとは。(12/9公開Part1の続き、聞き手:赤見千尋)
◆春は大阪杯から天皇賞か―
赤見 :メイショウマンボのGI3勝ですが、オークスは、メイショウさんの馬で、幸四郎さんで勝ってという祝福ムードでしたが、秋の秋華賞とエリザベス女王杯は、改めてマンボの強さを見させてもらったと言いますか。
松本 :そう、そうなんですよ。僕もそう思った。
赤見 :年内休養ということですが、その先は決まっているんですか?
松本 :いや、全然決めてないです。とりあえずは放牧に出して、休めて、年明けからまた次のスケジュールを皆さんで相談して。それからですね。
赤見 :何かオーナーなりの野望というのは?
松本 :いや、あんまりはっきりはしてないんですよ。1つはね、男路線に行ってみるかというのがあるんですよね。例えば、大阪杯を使って春の天皇賞に行くという、こういうプランが出てきますね。
それから、ドバイへ行くというケースもありますよ。それから、ヴィクトリアMから、エリザベス女王杯にもう一度行くか、キズナのお供で凱旋門賞へ行くかというのも。
赤見 :すごい! 夢が広がりますね。
松本 :うん。もう本当にね、今回の勝ちで選択肢が広がり過ぎて。これから楽しい計画を立てます。楽しみながらね。
赤見 :牝馬でここまでいろいろな選択肢があるって、珍しいですよね。
松本 :珍しいですわ。「元気の良さもあるし、男馬ともやれるんじゃないかな」という人もいるわけですよ。3200mの春の天皇賞に、女の子で挑戦というね。そう思ったり、やっぱり女の子らしく行くかというのもあったりして。
赤見 :しかも、コースを問わないから、海外遠征を見てみたい気もします。
松本 :ただね、この馬は、最初の頃は結構ゲートがうるさくて。海外は若干、そういう心配をしているんですよ。
赤見 :そう言えば、オークスの時はかなりイレ込んでいました。
松本 :オークスはすごかったんだってね。僕は知らなかったけど、幸四郎が「もう、作戦どころじゃなかった」って。パドックで「コウちゃん、どんな作戦で行くの?」「まあまあ、ゲートを出てからの話ですけど、兄貴が飛ばしてくるから(クロフネサプライズ)、競馬はしやすいように思うんです」って言っていたんですね。真ん中よりちょっと前に付けて、と自分では思っていたようなんだけど、それどころじゃなくなってしまったって。
ビデオで見ると、すごいわ。口が切れそうなぐらい、イレ込んでイレ込んで。その方が心配で、何番手につけてとかそんなのはもう全然なかったって。ただただ、無事に出て欲しいって。
◆幸四郎は変わったよ
赤見 :それだけ消耗した中であの強いレース。最後は幸四郎さんの渾身の追い込みで。
松本 :うん。坂下からもう前が空いて、スパートした時はちょっと早いもんね。仕掛けも。坂上ではもうほとんど先頭だもん。それから、幸四郎の追い方もバラバラ。もう、分からんかったんちゃう(笑)。自分で言っていましたよ。「フォームもバラバラだし、あれだけ差が開いてるって分からなかったから、後から来るんじゃないかと思って」って。
ところが、秋華賞、エリザベス女王杯なんて、余裕あるもんね。カッコ良く追うてるわ。4コーナーで・・・
続きはプレミアムサービス登録でご覧になれます。
登録済みの方はこちらからログイン
バックナンバーを見る
このコラムをお気に入り登録する
お気に入り登録済み
お気に入りコラム登録完了
東奈緒美・赤見千尋「おじゃ馬します!」をお気に入り登録しました。
戻る
※コラム公開をいち早くお知らせします。※マイページ、メール、プッシュに対応。
東奈緒美・赤見千尋
東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。 赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。