◆打ち立てた数多くの偉大な記録

　1950年代半ばから1980年代前半にかけてオーストラリアで名騎手として活躍したロイ・ヒギンスさんが、3月8日(土曜日)の夜、入院していたメルボルンのカブリーニ病院で、糖尿病に端を発した合併症のため亡くなった。享年75歳だった。

　ヒギンスさんの、現役時代のニックネームは“The Professor(=教授)”。その風貌と佇まいもさることながら、きわめて戦略的かつ緻密な騎乗をすることから定着した通り名である。

　1938年6月5日にヴィクトリア州クーンドロックで生まれたヒギンスさんは、1953年8月23日にニューサウスウェールズを拠点としたジム・ワッタース調教師のもとで見習い騎手としてデビュー。同年10月5日にデニリキン競馬場で初勝利を挙げたのが、豪州の競馬史でも屈指の名手と言われたヒギンズさんの、騎手人生の幕開けとなった。まもなくヴィクトリア州のメルボルンに拠点を移したヒギンスさんは、常に「体重の維持」という大きな命題と闘いつつ、通算2312勝、このうち109勝がG1制覇という輝かしい成績を残している。

“プロフェッサー”ヒギンスと言えば、思い出されるのが、大御所バート・カミングス調教師の管理馬で制した大レースの数々だ。後に“カップキング”の異名をとることになるカミングス師が、初めてメルボルンCを制したのは1965年だったが、その時勝ち馬ライトフィンガーズの鞍上にいたのがヒギンス騎手だった。更に2年後の1967年、レッドハンデッドに騎乗してカミングス師に2度目のメルボルンC制覇をもたらしたのもヒギンスさんで、生前のヒギンスさんはしばしば冗談交じりで、「名調教師バート・カミングスを育てたのは自分だ」と語っていた。

　1964/65年シーズンに自身初めてとなる、メルボルン地区のリーディングを獲得。これを皮切りに、メルボルン・リーディングの座には実に11回就いている。これは、ビル・ダンカンと並ぶ歴代最多記録だ。

　VRCダービー4勝、VRCオークス5勝、AJCオークス6勝など、多くのクラシック制覇がある他、メルボルンC2勝、コックスプレート2勝、ゴールデンスリッパー2勝、コーフィルドC1勝を挙げ、豪州におけるグランドスラムも達成している

　1972年3月には、メルボルンのオータムカーニヴァルで、3日間に12勝を挙げるという新記録を樹立。1973年にはメトロポリタン地区で8日間連続勝利という、これも新記録となる快挙を達成している。

　まだ現役だった1974年に、競馬界の発展に尽くした功績をたたえられてMBE(大英帝国勲章)を受章。引退から3年後の1987年に、まずはオーストラリアのスポーツ界における殿堂入りを果した後、2001年にオーストラリアにおける競馬殿堂が創設されると、第一期のメンバーとして殿堂入りを果している。

　46歳となった1983年10月に、フレミントン競馬場でインザスロットという馬に騎乗したのを最後に現役を引退。第2の人生について問われた時、ヒギンスさんが口にした「今後は、小さくて太ったおじさんとして生きて行きたい」とのコメントは、今も語り草になっている。

　引退後は、テレビやラジオのコメンテーターとして活躍してきたが、近年は共同馬主組織の運営にも参画しており、亡くなる1週間前の3月1日にも、ヒギンスさんが組んだシンジケートが所有するブリングミーメイド(牝2、父セブリング)がフレミントンの準重賞ESTスポーツ1000(芝1000m)を制し、G1ゴールデンスリッパーに駒を進める可能性のある馬として話題になったばかりだった。

　その死に際し、ヒギンスさんに所縁のある各地の競馬場が半旗を掲げて追悼の意を表している他、13日(木曜日)にはフレミントン競馬場で、ファンも参列出来るお別れの会が催されることが決まった。さらに、シドニーのランドウィック競馬場は15日(土曜日)に行なわれる開催の1レースを、追悼競走として施行する準備に入っている。

　偉大なるホースマンの死を、豪州競馬界は、ひとつの時代の終焉と捉えている。