窮すれど乱れず

2014年09月11日(木) 12:00


ブライトエンブレムの走りに思う

 慌て者の浅はかな様子を、荘子は「卵を見て時夜(じや)を求む」と言った。気のせいている人間は、卵を見ただけでその卵をかえして成長させ、その鶏に夜明けの時を告げさせようとするものだと言っているのだが、夜明けの時を告げるのを時夜と言うので、「卵を見て時夜を求む」ということばが生まれたのだ。自分が窮したときに慌てるのだから、「窮すれど乱れず」でなければならない。ところが、そう簡単にはいかない。孔子先生が言うとおり、「小人窮すればここに濫す」なのだ。

 競馬でいつも出遅れながら、さも当然のように最後方を走り、それでいてきっちり追い込む馬がいる。それが若馬なら、その将来は間違いなく嘱望される。先日、それに該当するクラシック候補が札幌2歳ステークスで誕生した。キャリア一戦でこのステークスを制した馬には、ダービー馬のジャングルポケット、ロジユニヴァースがいる。

 勝ったブライトエンブレムも同じケースなので、その前途がどんなものか、思うだにこころが浮き立つ。東京のデビュー戦も出遅れながら直線でとんでもない脚を使って勝っていた。そこからつかんだ自信そのままに、小回りの札幌でも慌てなかった。「窮すれど乱れず」で、田辺騎手は折り合いに気をつけ、早めに前を捕えられる形で上がっていき(本人談)、しまいで止まることなく伸びて勝利したのだった。4角では大きく外を回り、桁違いの加速力で1馬身以上の差をつけたのだから大したものだ。秋華賞馬の母もゲートが遅かったのでその点は気にすることはなく、むしろ、2戦目で体が大きくなっていたことを評価しておきたい。

 かつてこんなことがあった。京王杯オータムHでハンデ頭の58キロを背負ったサクラチトセオーが、レースで大きく出遅れたのだ。それでも「窮すれど乱れず」でそのまま最後方で脚をため、直線信じられない末脚を使って勝ったのだ。境調教師はこれがひとつの転機になったと述べていたが、翌年秋天皇賞馬にまで上りつめたのだった。

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長岡一也

ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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