スダチくん、天馬になる

2014年11月13日(木) 18:00


 皆さんご存知のとおり、シゲルスダチはホントに天馬になってしまいました。

 11月9日、午後3時すぎ。わたしは栗東の自宅で仕事をしていました。デスクの傍らに置いたiPhoneで競馬の実況中継を流しながら。それを横目でチラチラ見て、スダチの様子を確認していました。スダチは栗東を去りましたが、それでもやはり気になっていましたから。その気持ちはそれまでスダチに関わった人たち、みんな同じのようでした。

 直線で追い出してから、すごくスダチの勢いがいいのは見えたものの、すぐに画面から見切れてしまって。途中、名前は呼ばれたもののゴールの様子を見ても一向にスダチが写らない。画面を再度見て確認すると、スダチは後方にいました。あれだけ勢いはよかったけれど、距離も少し長いから止まってしまったのかな?まぁ、休み明けだから仕方ないな、と思いながら仕事に戻りました。

 ちょっと様子がへんだとも感じたけれど、スダチは他の馬と比べても相当丈夫でしたから。スダチが怪我をするなんて、全然選択肢の中になかった。そんなわけがない、と思い込んでいたんです。

 しばらくして、ちょうどメインレースの前くらいに西園厩舎でスダチを担当していた渡邉助手からLINEが入りました。「スダチに何かあったようです。何かわかりますか?」

 すぐさまnetkeibaの掲示板を開くと、スダチが故障したようだというのはすぐにわかりました。でも、いまはレース中。しばらく待ってから美浦の伊藤正徳厩舎に詳しいトラックマンに連絡を入れました。すぐに現状を聞いてくれましたが、返事は悲しいものでした。

 最初に渡邉くんにLINEして、塩満さんにも伝えていただきました。そして、初代担当だった鈴木さんに電話を入れました。鈴木さん、はじめは気丈に話していたんですが、やっぱり話すにつれて言葉が詰まってしまい…。

「府中の、あの直線で助けていただいた命なのに、まさかあそこでこんなことになるとは…!」

 競走馬にとって激走と故障は隣り合わせ。いい競馬をするときほど、脚元に負担がかかって危ないんですよね。頭では仕方ないことだとわかっていても、感情はなかなかのみこめずにいました。

 スダチはとにかく丈夫で、強運な馬でした。NHKマイルでの転倒でスダチは心身ともに後遺症はありませんでした。普段の生活でも、ボロボックスと呼ばれる汚れたチップなどを入れる大きな箱があるんですが、それに突進したときもわずかなかすり傷しかなかったし。どこかにぶつけて生キズをつくっても、すぐに皮膚が再生してきたり。あるときは、従業員さんの軽自動車に自らぶつかっていったこともあったんですが、スダチは無傷でした。ちなみに軽自動車はいまだにキズで凹んだまま。スダチが亡くなった翌日、その車がたまたま厩舎にあって「ほんと、やんちゃだけど憎めないヤツでしたね…」とスダチを慈しんだり。ホント、丈夫なスダチに限ってこんなことがおきるなんて信じられなくて。西園厩舎の馬房をあけて、いつものとおり「ダチー」と呼んだら、あの真っ黒な目を丸くして出てくるような気がして仕方ありませんでした。

 スダチが本当に亡くなったんだ、と理解したのは翌日、美浦の伊藤正徳厩舎へ手を合わせにいったときでしたね。空っぽの馬房の中にスダチのお供えがあって。やっと現実を受け止めました。

「故障したのは左前脚でした。武士沢くんが何度も止めようとしたけど、止まらなくて…」

 伊藤正徳先生も肩を落としていらっしゃいました。何度も「申し訳ない、申し訳ない」と繰り返していて…。

 2年以上、管理されていた西園先生も「かわいそうに」と落胆していらっしゃいました。栗東でもこの件で何度声をかけられたことか…。みんな、ほんとに手はかかるけどいつも一生懸命走るスダチのこと大事にしていました。おでこにツノのあるスダチ、ほんとうにユニコーンになってしまいましたね。

 あれだけ追い掛け回した馬でしたし、ほんとうに愛嬌のあるヤツだったので。
わたしは一生、スダチのことは忘れないでしょう。スダチ、ありがとう。

追記)関係者の皆さんと関西でスダチのお弔いをすることにしました。詳しいことが決まったら、わたしのブログでご報告いたします。

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花岡貴子

デジタルレシピ研究家。パソコン教師→競馬評論家に転身→IT業界にも復帰。競馬予想は卒業したが、現在も栗東トレセンでニュースやコラム中心の取材を続けている。“ねぇさん”と呼ばれる世話焼きが高じ、AFPを取得しお金の相談も受ける毎日。公式ブログ「ねぇブロ」(http://ameblo.jp/takako-hanaoka/)

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