2015年04月27日(月) 18:00
【前回までのあらすじ】 容貌魁偉の調教師・徳田伊次郎、32歳。亡き父の跡を継ぎ、南関東で6馬房の厩舎を構えている。厩舎は三流で、従業員は無気力。伊次郎は、厩舎改革に乗り出した。少しずつスタッフがやる気になり、厩舎が活気づいてきたが、管理馬がなかなか勝てず、またダレ気味に。そんなあるとき、伊次郎に妙な取材依頼があった。
「先生、お客さん……かな」と、厩務員の宇野が首を傾げながら伊次郎に声をかけた。
「おう」と、大仲でパソコンと向き合っていた伊次郎は、椅子を反転させた。しかし、立ち上がって、「客」のほうに踏み出そうとした足が、止まった。
――な、なんだ、コイツは……?
黒地に赤で「H」のロゴが入った野球帽は、昔の阪急ブレーブスのものか。そのロゴに重ねるようにジョッキーと同じゴーグルをしている。黒縁のメガネをかけ、さらに首からストラップにつなげたメガネを3つ、ルーペを2つ、ペンを数本、通行証のようなもの、ストップウオッチなどをジャラジャラとさげている。
それらの陰になってわかりにくいが、黒いトレーナーの胸には、帽子同様、赤く「H」とプリントされており、黒いウエストポーチにも赤い「H」の文字が入っている。
……といったように、ファッションも変わっているのだが、それ以上に妙なのは、その男の表情とポーズだった。
目を潤ませて口をあけ、両手を胸の前でひらひらさせている。興奮したせいでそうなっていることがわかったのは、男が声を上げたときだった。
「す、す、素晴らしい! あなたが徳田伊次郎さんですね。いや、しゃべらなくていい。この瞬間に言葉はいらない。訊かなくてもわかる。いやいやいや、これだから調査はやめられない。歩きつづけるうちに、こうして歴史そのものに突き当たるのだから」・・・
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆〜走れ奇跡の子馬』。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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