■第11回「珍客」

2015年04月27日(月) 18:00

【前回までのあらすじ】
容貌魁偉の調教師・徳田伊次郎、32歳。亡き父の跡を継ぎ、南関東で6馬房の厩舎を構えている。厩舎は三流で、従業員は無気力。伊次郎は、厩舎改革に乗り出した。少しずつスタッフがやる気になり、厩舎が活気づいてきたが、管理馬がなかなか勝てず、またダレ気味に。そんなあるとき、伊次郎に妙な取材依頼があった。


「先生、お客さん……かな」と、厩務員の宇野が首を傾げながら伊次郎に声をかけた。

「おう」と、大仲でパソコンと向き合っていた伊次郎は、椅子を反転させた。しかし、立ち上がって、「客」のほうに踏み出そうとした足が、止まった。

 ――な、なんだ、コイツは……?

 黒地に赤で「H」のロゴが入った野球帽は、昔の阪急ブレーブスのものか。そのロゴに重ねるようにジョッキーと同じゴーグルをしている。黒縁のメガネをかけ、さらに首からストラップにつなげたメガネを3つ、ルーペを2つ、ペンを数本、通行証のようなもの、ストップウオッチなどをジャラジャラとさげている。

 それらの陰になってわかりにくいが、黒いトレーナーの胸には、帽子同様、赤く「H」とプリントされており、黒いウエストポーチにも赤い「H」の文字が入っている。

 ……といったように、ファッションも変わっているのだが、それ以上に妙なのは、その男の表情とポーズだった。

 目を潤ませて口をあけ、両手を胸の前でひらひらさせている。興奮したせいでそうなっていることがわかったのは、男が声を上げたときだった。

「す、す、素晴らしい! あなたが徳田伊次郎さんですね。いや、しゃべらなくていい。この瞬間に言葉はいらない。訊かなくてもわかる。いやいやいや、これだから調査はやめられない。歩きつづけるうちに、こうして歴史そのものに突き当たるのだから」・・・

続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

登録済みの方はこちらからログイン

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊ギャロップ、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。趣味は読書と読売巨人軍の応援。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。最新刊はテレビドラマ原作小説『絆〜走れ奇跡の子馬』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

関連情報

新着コラム

コラムを探す