秋らしいレース名と「あの馬の記憶」

2015年10月17日(土) 12:00


 先週、新設重賞の「第1回サウジアラビアロイヤルカップ」が東京芝1600mで行われた。昨年、これも新設重賞として実施された「第1回いちょうステークス」を改称したものだ。

 昨年は、重賞になった最初の年だから「第1回」とされただけで、「いちょうステークス」は、ずっと前から施行されていた。基本的に東京芝1600m(改修工事が行われた2002年は中山芝1600m)で行われ、12年と13年は東京芝1800mが舞台となった。

 1994年ヤマニンパラダイス、95年エアグルーヴ、96年メジロドーベル、やや間があいて、13年イスラボニータ、そして昨年のクラリティスカイ、と「いちょうステークス」の勝ち馬には歴代のGIホースが名を連ねている。07年の2着馬は私の贔屓のスマイルジャックだ。レース名が「いちょう特別」だったころまで遡ると、勝ち馬に、当時は400万下だったが、83年シンボリルドルフ、オープンになって86年メリーナイスなどの名が見える。

 その「いちょうステークス」が、なくなってしまった。

 南北に長い島国の日本では、四季の変化がはっきりと感じられ、そこから様々な文化が生まれていることは言わずもがなである。私は、「歳時記としての競馬」もそのひとつだと思っていた。なのに、ちょっと耳にしただけで秋のレースだとわかり、しかも、歴代の名馬の蹄跡が見える「いちょうステークス」が姿を消してしまうとは。残念というか、寂しいというか、ひどく損をさせられた感じがする。

 それに替わるのが、「サウジアラビアロイヤルカップ」という、別の時期にしてもよさそうな名称というのも今ひとつ解せない。外務省のサイトを見ると、日本とサウジアラビアとの間で外交関係樹立の合意が成立した(ややこしい表現だな)のは55年の6月7日だというから、余計に秋に実施する必要はないように思われる。

 ウーンと思っていたら、今週日曜日、京都芝外回り1400mで「もみじステークス」が行われる。昨年11年ぶりに復活した、2歳のオープン特別である。こちらの歴代の勝ち馬も豪華で、マイルで行われていた92年のビワハヤヒデ、94年のフジキセキといったGIホースのほか、ナイスナイスナイス、ヤマニンミラクルといった懐かしい個性派が並ぶ。

「いちょうステークス」がなくなって失われた季節感は、復活した「もみじステークス」で補填してくれ、ということなのか。

 秋らしい紅葉をイメージさせるものということで、「いちょう」「もみじ」と来たら、「かえで」を忘れてはいけない。

 ということで、「かえで」をレース名に用いているのは、京都芝1200m(1400mで施行された年もある)で93年から13年まで行われていた2歳500万下の「かえで賞」だ。これも、00年カルストンライトオ、05年テイエムプリキュアなど、のちのGIホースが勝利をおさめた「出世レース」なのだが、去年は行われず、今年の番組表にも見当たらない。

「かえで」は「もみじ」のことだから、「もみじステークス」が復活したのと入れ替わりに「かえでステークス」はお休み、ということだろうか。

 まあ、確かに、こうして何度も繰り返し「いちょうステークス」だの「もみじステークス」だの「かえで賞」だのと言ったり書いたりしているうちに、どれがどのレースの勝ち馬だったか、こんがらがってくるのだが、それもまた楽しいではないか。

 武豊騎手は、毎年春、すみれステークスの時期になると、GI初制覇の相棒、スーパークリークに初めて騎乗した88年の「すみれ賞」を思い出すという。おそらく、スーパークリークの背で、手綱を通じて受けとめた手応えや、股の下に迫ってきた躍動感といった「感覚の記憶」も一緒に蘇ってくるのだろう。

 あの馬が勝ったレース――。

 その記憶を、レース名とともに大切にしたい。

 海の向こうでは、今年限りで、シンガポール航空国際カップが打ち切りになるという。

 例えば、エアグルーヴが大きな不利を受けながらも勝利を手にした「いちょうステークス」をノスタルジックな記憶として封印してしまうのはもったいないと思うのだが、それも仕方がないのだろうか。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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