ダートでデビューした安田記念優勝馬

2016年06月04日(土) 12:00


 モーリスが今週の安田記念を勝てば、芝のマイルGI5勝となり、タイキシャトル(牡22歳、父デヴィルズバッグ)を抜いて単独トップになる。

 タイキシャトルは現役時代、美浦・藤沢和雄厩舎に所属。1997年4月19日、東京ダート1600メートルの旧4歳未勝利戦でデビューした。そこを含めて3連勝し、菩提樹ステークス2着を挟んで、ユニコーンステークスから翌98年のマイルチャンピオンシップまでGI5つを含む重賞8連勝(グレード制導入後、テイエムオペラオーと並ぶタイ記録)を達成。98年、短距離路線の馬として、また、外国産馬として初めて年度代表馬に選出された。

 その後、2013年にロードカナロア、15年にはモーリスが、短距離部門から年度代表馬になっている。

 これだけほかを圧倒する強さを見せているモーリスだが、記録のうえではまだまだ上がいる。

 モーリスが今週勝ってGI5連勝(JRA、海外、地方)をなし遂げれば、09年から10年にかけてダートGIを5連勝したエスポワールシチーに並ぶ。

 また、JRAと海外のGI出走機会5連勝を達成すれば、ナリタブライアンとタイキシャトルに並び、同6連勝を達成しているテイエムオペラオーとロードカナロアに次ぐ記録となる。

「絶対王者」という冠が多用されるようになったのは、ロードカナロアに対してが最初だったように思う。カナロアのGI初勝利は12年9月のスプリンターズステークス。翌13年12月の香港スプリントまで、1年3カ月ほど、その座に君臨したわけだ。

 モーリスは、今週の安田記念を勝てば1年王座を守ったことになる。この馬もまた、「絶対王者」と呼ばれるにふさわしい。

 全体のレベルが底上げされ、ピラミッドの上のほうの力が拮抗しているなか、王座を守りつづけるのは大変なことだ。

 贔屓のスマイルジャックは、09年から13年まで5年連続安田記念に出走し、10年と11年は3着になった。あのころは、出馬表を眺めたり、結果を振り返ったりするたびに、

 ――マイル路線は層が厚いなあ。

 とため息をついたものだ。ウオッカ、ショウワモダン、リアルインパクト、ストロングリターン、ロードカナロア……というのが、スマイルが走った安田記念の勝者である。翌14年はジャスタウェイで、昨年がモーリスだから、とてつもなく強い馬ばかりだ。

 前出のタイキシャトルは、岡部幸雄騎手(当時)を背に、98年、フランスのジャックルマロワ賞を勝ち、人馬ともに海外GI初制覇を達成した。そのとき、岡部さんの目には涙があったという。おかしなもので、あのころ何度も映像で見たレースぶりは忘れてしまったのに、怖いほどクールなイメージの名手が泣いた、と知ったときの驚きだけは、今もはっきりと覚えている。

 実は、先日、関わっている映像作品のスタッフに、ダートでデビューして芝のビッグレースを勝った馬はどのくらいいるかと聞かれ、2番目に挙げたのがタイキシャトルだった。

 最初に挙げたのは88年の皐月賞馬ヤエノムテキだった。それはいいとして、今、過去の安田記念の勝ち馬を眺めていると、03年のアグネスデジタルもダートデビュー組だ。タイキシャトルの前年、97年に勝ったタイキブリザードも、96年の勝ち馬、浦和出身のトロットサンダーも、だ。なんと、ヤマニンゼファーも、笠松出身のオグリキャップも、バンブーメモリーも。84年のグレード制導入によりGIになってから、これだけの馬がダートでデビューして安田記念を勝っているのだ。

 アグネスデジタルは、芝・ダートの両刀使い、それも超一流の使い手だった。タイキブリザードは首を低くした走法がめちゃめちゃカッコよく、日本の芝を主戦場としながら、ダートが舞台となるアメリカのブリーダーズカップクラシックに2度参戦した。トロットサンダーは芝のマイル戦で無敗だったし、ヤマニンゼファーは安田記念を連覇し、秋天も勝った。オグリとバンブーは、89年マイルチャンピオンシップの鼻差の死闘で日本中を熱狂させたスターホースだ。きわめて個性豊かな名馬ばかりである。

 ダートの新馬戦を使われるのは、脚元が弱かったり、芝で勝ち負けできるスピードがないとジャッジされるなど、マイナスの理由によるケースが多い。そんななか、これだけの馬が、スピードと耐久力の両方を高いレベルで求められる安田記念を勝ち、競馬史に名を刻んでいる。

 いくらでも逆転できる。逆転できない馬生はない、ということか。

 今年の安田記念に出る12頭のなかにダートでデビューした馬はいないが、ともかく、いろいろな記録や名誉がかかるこの一戦を、徹底的に楽しみたい。

 いつもながらとりとめがなく、また、馬券の検討にはまったく役に立たない話になってしまった。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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