非根幹距離のグランプリ

2016年06月25日(土) 12:00


 知らないうちに使われるようになっている競馬用語が結構あって、そのひとつに「根幹距離」というものがある。

 競馬発祥の地であるイギリスでは、ある程度長い距離の単位として「マイル」が使われるのが普通だ。当然、競馬でも「1マイル」が、キリのいいこともあって、基準になったと思われる。なお、厳密に言うと、1マイルは1609.344メートルなのだが、私は、競馬関連の文章を書くときはいつも「1マイル=1600メートル=8ハロン」としている。

 で、英語で記された出馬表を見ると、2000メートルは「ワンマイル・アンド・クォーター」とか「1.1/4マイルズ」、2400メートルは「ワンマイル・アンド・ハーフ」とか「1.1/2マイルズ」、3200メートルは「2マイルズ」などと記されることが多い。ということは、こうして、1マイルにクォーターマイルやハーフマイルを加えたり、倍にしたりして、簡単に算出でき、なおかつレースの数(それもビッグレースの数)の多い距離が「根幹距離」ということなのか。

 しかし、さらにいくつかの競馬場のプログラムを引っ張り出してチェックすると、「1.1/8マイルズ(1800メートル)」や「1.1/16マイルズ(1700メートル)」なんて書かれているレースもかなりある。競馬場の形態によっては、とりやすい距離があるだろうから、当然と言えば当然か。

 それでも、確かに、ヨーロッパで「チャンピオン・ディスタンス」とか「クラシック・ディスタンス」というと「1マイル半」の芝2400メートルを指すのが普通だし、以前はよく使われた「欧州三冠」の英国ダービーとキングジョージVI&クイーンエリザベスステークス、凱旋門賞は、みなこの距離だ。「根幹」に近い考え方というか、重要な距離だという認識は、間違いなくある。

 で、話は日本のレースに変わり、「根幹距離」があれば、「非根幹距離」とみなされている距離もある。

 宝塚記念の2200メートルや、有馬記念の2500メートルが「非根幹距離」の代表格のようにとり上げられることが多いようだが、よりによって、グランプリがふたつとも非根幹距離というのだから、悩ましい。悩ましいのは、根幹距離という考え方なのか、グランプリの距離なのかはさておき、厳密に言うと、宝塚記念は正式には「グランプリ」ではなく、有馬記念と同じくファン投票で出走馬が選出されるので「春のグランプリ」と言われるのが通例になっているだけだ。

 この稿で私は2度も「厳密に言うと」という表現を用いたが、座右の銘が「まあ、いいじゃないか」の私にとって、「厳密に言うと」は、避けられるものなら避けて通りたい言い方にほかならない。

 よって、私はこれからも「1マイルは1600メートル」と書くし、宝塚記念のことを「春のグランプリ」と呼びつづける(実は以前、取材に行くたび暑くて汗まみれになるせいか「夏のグランプリ」と書いたこともあった)。

 非根幹距離、か。宝塚記念も有馬記念も、距離以前に、施行時期がシーズンの終わりなので、ほとんどの馬が一度ピークを迎えたあとの戦いになる。びっくりするような結果が多くなるのは、だからだと思う。

 それと、宝塚記念に関して言うと、2000メートルと2400メートルの中間の半端な距離ということより、直線の短い内回りコースであることや、梅雨時で重い馬場になることが、差のつき方や、有力馬の沈み方に影響する部分が大きいように思う。

 なので、2200メートルや2500メートルを非根幹距離と表現するのは、宝塚記念や有馬記念に申し訳ないような気がする。「中間距離」ぐらいなら、まだいいのかもしれないが。

 私が、特に宝塚記念の2200メートルを「中間距離」と言いたくなるのは、かつて、宝塚記念は、天皇賞・春を勝った馬と安田記念を勝った馬が、距離的に間をとって戦う「真の王者決定戦」として、特有の価値を持つレースだったからだ。

 しかし、過去10年の連対馬を見ると、半数近い9頭が天皇賞・春出走組だったのに対し、安田記念組はゼロ。3着までひろげて見ていくと、2006年のバランスオブゲーム(安田記念17着)と09年のディープスカイ(安田記念2着)がいるが、それだけだ。

「間をとってガチンコ勝負」という考え方自体、なくなってしまったのか。

 いつもながら、とりとめのない話になってしまった。

 今年も宝塚記念は現地で観戦する。今のところ、天気予報で最高気温は28度。間違って「夏の〜」と書かずに済みそうだ。晴れマークが見える。前日までの降雨で湿った芝がどこまで乾くか。やはり、距離よりも、馬場状態のほうが気になる。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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