オグリキャップのひたむきさ

2017年02月18日(土) 12:00


 今、仕事場の壁に、「Gallop2016」付録の「芦毛の名馬たち」と題したカレンダーがさがっている。2月の写真は、「奇跡のラストラン伝説」となった1990年の有馬記念を、武豊騎手鞍上のオグリキャップが先頭でフィニッシュしようとするところだ。

 この写真が視界に入ってくるたびに、午前中から中山競馬場全体が満員電車のような混雑で、人いきれがムンムンし、異様な雰囲気だったことを思い出す。真冬なのに、記憶のなかでは暑い日の出来事のようになっている。

 そんななか、パドックに現れたオグリは、好調時と同じようにツル首になって気合を表に出していた。

 オグリは、その2年前、旧4歳だった88年、地方の笠松から中央入りするや重賞を6連勝し、笠松時代からの連勝を「14」とした。クラシック登録がなかったので、夏以降は古馬戦線に向かうしかなかった。GI初参戦で、タマモクロスとの「芦毛対決」でヒートアップした天皇賞・秋はタマモの2着、つづくジャパンカップも3着(タマモは2着)と敗れたが、有馬記念でタマモを下しGI初制覇を遂げた。

 地方出身で中央のエリートをなぎ倒す姿は、70年代に活躍し、国民的アイドルホースとなったハイセイコーを彷彿させた。ハイセイコーが「怪物」と呼ばれていたことにちなみ、オグリは「白い怪物」と呼ばれるようになっていた。

 翌89年の春は故障のため休養。秋は、オールカマー、毎日王冠、天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップ、有馬記念と厳しいローテーションを進んだ。これは馬主が変わり、高額なトレードマネーをペイするために次々と出走させられたのではないか、と言われた。そうした人間の思惑を知ってか知らずか、オグリはひたすら走りつづけ、逆転不可能に見えたところからマイルチャンピオンシップをハナ差で制し、連闘で臨んだジャパンカップでは世界レコードの2着で走り切り、感動を呼んだ。

 ラストイヤーとなった90年、年明け初戦の安田記念で初めて武豊騎手を鞍上に迎えて優勝。それ以前のテレビ番組で、武騎手が「オグリは何を考えているかわからないから嫌いです」と発言していながら騎乗依頼を受けたことが批判されたりと、今ではちょっと考えられない騒がれ方だった。

 次走の宝塚記念は故・岡潤一郎騎手の手綱で2着となり、天皇賞・秋は6着、ジャパンカップは11着と大敗し、「燃え尽きた怪物」などと言われた。

 もう復活は無理なのかと思われたが、しかし、引退レースの有馬記念で再び武騎手が騎乗して優勝。奇跡のラストラン伝説として、長く語り継がれるようになった。

 こんなふうにオグリについてあれこれ思い出したのは、先日、オグリにスポットを当てたNHK総合テレビの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見たからだ。

 時間的な制約があり、ポイントを絞らなければならないので仕方がなかったのだろうが、今と違って追加登録ができず「幻のクラシックホース」にならざるを得なかったところや、馬主の思惑がどうあれ一生懸命をゴールを目指した姿が人々の心をとらえた――という部分にも着目してほしかった。

 物語というのは、人間の力ではどうにもできないところにしばしば生まれる。であるから、競馬というスポーツそのものが「物語の宝庫」と言えるのだが、オグリの場合、自分自身や、周囲の人間たち、見守る人間たちにはどうにもできない大きな力や壁に臆せずぶつかっていったところが、たまらなかったのだと思う。

 ぱっと見でわかる芦毛というのもよかった。

 前作『虹の断片』以来2年3カ月ぶりの新刊となる『絆〜走れ奇跡の子馬〜』(集英社、2月24日発売)に出てくるリヤンドノールも芦毛にした。それは、相馬野馬追の行列に参加する神馬(しんめ)にしたかったからだ。

 この物語の初出は、当サイトで2012年の初夏から暮れまで連載した「絆〜ある人馬の物語」である。それがNHK総合テレビでドラマ化され、今年3月23日と24日の午後7時30分から73分の前後編で放送される。役所広司、新垣結衣、岡田将生、勝地涼、小林薫、田中裕子(敬称略)ほかという豪華キャストだ。

 ドラマ化につづいて書籍化が決まり、前述したように、来週上梓することになった。

 ドラマに関しては、オンエアまで概略以上のことは明かせないので、あまり詳しく書けないことをご了承いただきたい。が、原作と異なる部分はもちろんあり、制作にとりかかったかなり早い段階で、「『絆』に託した私の思いをわかっていただければ、ストーリーはどう変えてもらっても構いません」とスタッフに伝えておいた。

 新垣結衣さんが「恋ダンス」で国民的ヒロインになったこともあり、彼女にとっての次回作となる『絆〜走れ奇跡の子馬』というタイトルをネット検索すると、かなり知られていることがわかる。それが原作本の売上げにつながってくれるといいのだが……。

 撮影現場で新垣さんと話したとき、彼女が馬と共演することに関してどう言っていたかは、おそらく、オンエア後の後日談として書くほうがいいのだろう。

 それとは別に、プロデューサーに「日本最初の女性騎手の話をしてあげてください」と言われたので、昭和11年に騎手免許を取得したものの、帝国競馬協会から「女子は風紀を乱す恐れがあるので出場はまかりならぬ」と出場を差し止められた斉藤すみという女性がいて、彼女が男装して修業したことなどは新垣さんに伝えた。

『絆〜走れ奇跡の子馬』が校了して気が抜けたのか、風邪をひいてしまった。悪化させたり人にうつさないよう気をつけながら、週末のフェブラリーステークスを楽しみたい。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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