強い牝馬はナゼ増えた? ー牝馬活躍の背景にある“真実”に迫るー

2018年11月22日(木) 18:15

強い牝馬はナゼ増えた?

▲ netkeiba Books+ から「強い牝馬はナゼ増えた?」の1章、2章をお届けいたします。


ウオッカ、ジェンティルドンナ、ブエナビスタ…これらはいずれも近年、中距離以上の牡馬混合GIにおいて複数勝利を収めた名牝たちだ。マイル以下の距離ならいざ知らず、ひと昔前には考えられなかったほど、中距離以上において牝馬の活躍が目立っている昨今。なぜ、それほどまでに牝馬の強さが目立つようになったのか? 果たして、本当に牝馬は強くなったのか? 専門家と関係者の意見を参考にそのナゾに迫る。

(文:木村俊太)
(写真:下野雄規、JRA、netkeiba)


第1章 本当に牝馬は強くなったのか?


 ここ最近、牝馬の強さが目立つ。以前なら、牝馬というだけで“消し”と判断していたようなレースで、牝馬の勝ち馬が目立ってきた。いったい、いつ頃から、どんな要因で牝馬が強くなってきたのか。なにか、特別なキッカケや技術の進化などがあったのだろうか。そのあたりを探ってみたいと思う。

「最近」とひと口に言っても、いつからを指すのかわかりづらいかもしれない。牝馬はいつ頃から強くなったのか―――。まずここでは、牡牝混合のGIレースを勝った牝馬の例を見ておきたい。なお、あくまでも例として挙げているので、必ずしも牡牝混合のGIレースを勝ったすべての牝馬を列挙しているわけではないことは、事前にお断わりしておく。漏れがあるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

強い牝馬はナゼ増えた?

2000m以上で活躍した主な牝馬



 1993年生まれのエアグルーヴ以前となると、1600m以下のGIなら、フラワーパーク(1992年生まれ)、ノースフライト(1990年生まれ)、シンコウラブリイ(1989年生まれ)、ニシノフラワー(1989年生まれ)、ダイイチルビー(1987年生まれ)とかなり挙げられるのだが、2000m以上となると、1980年の天皇賞(秋)を制したプリテイキャスト(1975年生まれ)、同レースを1971年に制したトウメイ(1966年生まれ)と限られてくる。天皇賞(春)に至っては、1953年に制したレダ(1949年生まれ)が唯一の勝ち馬だ。

強い牝馬はナゼ増えた?

1600m以下で活躍した主な牝馬



 もっとわかりやすいのは、牝馬の年度代表馬だ。

強い牝馬はナゼ増えた?

牝馬の年度代表馬



 なんと、この10年のうち5年が牝馬だ(ウオッカとジェンティルドンナが2度受賞しているので、頭数は3頭)。それ以前は、1997年度のエアグルーヴと1971年度のトウメイしかいない。
 やはり、ここ10年ほどで牡馬をもしのぐ牝馬が急激に増えてきたといえるのではないだろうか。この「牝馬の年度代表馬」の表を見る限り、少なくともこの10年の牝馬の活躍ぶりは疑いようもない。

 ちなみに、海外の競馬はどうだろうか。

 最も日本と似た傾向(あるいはそれ以上)を示しているのは、フランスの凱旋門賞(GI、芝2400m)だろう。この10年(2009〜2018年)で牝馬が7勝(トレヴとエネイブルがそれぞれ連勝しているので、頭数は5頭)。その前の2008年も牝馬が勝っている。それ以前は牡馬が14連勝。牝馬の勝利は、1993年のアーバンシーまで遡る。さらに遡ると、牡馬が9連勝。ただしその直前、1979年から1983年までは牝馬が5連勝している。

 イギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(GI、芝2400m)は、この10年で牝馬は3勝。2012年にデインドリームが勝利する前は、なんと牡馬が28連勝。牝馬の勝利は、1983年のタイムチャーターまで遡ることになる。そう考えると、この10年で3勝というのは、特筆すべき事項といえるかもしれない。

 オーストラリアのクイーンエリザベスステークス(GI、芝2000m)は、2014年に賞金が大幅に増額されたが、それ以降の5年間で牝馬が3勝(ウィンクスが連勝しているので、頭数は2頭)している。それ以前の2012年にも牝馬が勝利しているが、その前は1987年まで遡らないと牝馬の勝利はない。

 これらに対して、アメリカのブリーダーズカップ・ターフ(GI、芝2400m)は、昔も今も牡馬が優勢なレースといえる。2015年に牝馬のファウンドが勝っているが、それ以前は、1991年のミスアレッジド、1985年のペブルスと、牝馬は歴代3頭しか勝っていない。ブリーダーズカップ・クラシック(GI、ダ2000m)にいたっては、1984年の創設以降、牝馬で勝ったのは2009年のゼニヤッタのみ(しかも、この年はオールウェザートラックで行われている)。

 海外競馬については検証が難しいこともあり、ここではアメリカを除けば、以前と比べて最近の牝馬の活躍ぶりが目立つという事実を確認するに留めることとする。

 では、日本の競馬においては、いったいいつ頃から、どうして牝馬は強くなったのか。このことを探るべく、栃木県下野市にあるJRA競走馬総合研究所へと足を運んで、専門家の見解をうかがうことにした。

(2章につづく)
強い牝馬はナゼ増えた?

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第2章 データで証明された“牝馬は強くなっていなかった”事実


 「本当に、ここ最近で牝馬が強くなったと思われますか?」

 JRA競走馬総合研究所 運動科学研究室 研究役の向井和隆さんは、開口一番、こう述べた。

強い牝馬はナゼ増えた?

JRA競走馬総合研究所の向井和隆さん



「このデータを見てください」

 そういって見せてくれたグラフは、1300m以下の短距離と1700〜2000mの中距離の芝とダートにおける複勝率(3着までに入った割合)を3か月ごとに分けて算出したものを「牡馬+せん馬」と「牝馬」とで比較したものだ。

強い牝馬はナゼ増えた?

1300m以下の競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ



強い牝馬はナゼ増えた?

1300m以下の競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ



強い牝馬はナゼ増えた?

1700〜2000mの競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ



強い牝馬はナゼ増えた?

1700〜2000mの競走における四半期ごとの複勝率の推移(競走除外を除く)※2002-2010 牝馬限定戦除く、3歳上および4歳上を条件としたデータ



 短距離の夏場(7〜9月)以外はすべて「牡馬+せん馬」が「牝馬」を上回っている。しかも、その違いはかなりハッキリと出ている。中距離のダートなどはまるっきりかけ離れている。

 ちょっと本題とはそれるが、昔からの格言に「夏場は牝馬を買え」というものがある。データからは、この格言が正しいことが証明されたといえる。ただし、それは短距離に限ってのことだ。中距離(恐らく長距離ならなおさら)では、芝でようやく五分五分。ダートでは(差は縮まっているものの)この格言は正しいとはいえない。

 牡馬、せん馬は年間を通じて、季節に関係なく、複勝率が一定の割合で推移しているのに対して、牝馬は明らかに夏場だけ高まっている。向井さんによれば、理由はハッキリとはわからないそうだ。

 もうひとつ、少し細かいデータがある。年齢と出走月を横軸に、平均秒速を縦軸に取ったグラフを芝は1200m、1400m、1600m、1800m、2000m、ダートは1000m、1200m、1400m、1700m、1800mとに分け、それぞれについて「牡馬+せん馬」と「牝馬」とで比較したものだ(Toshiyuki Takahashi (2015). The effect of age on the racing speed of Thoroughbred racehorses をもとに作成)。

強い牝馬はナゼ増えた?

芝における牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差



強い牝馬はナゼ増えた?

ダートにおける牡馬+セン馬と牝馬のスピードの差



 ほぼどの年齢、どの出走月においても、「牡馬+せん馬」のほうが「牝馬」よりも秒速(スピード)が速く、その傾向は距離が延びるほど大きくなっている。さらに、芝よりもダートのほうが、その差が顕著に出ている。

「これは実際のレースでの比較、つまりセックス・アローワンス(牡馬と牝馬の2kgの斤量差)込みでの速さの比較です。2kgの斤量差では追いつかないほど、牡馬と牝馬とでは絶対的なスピードが違うことがわかります」(向井さん)

 このデータは、第1章で「牝馬が強くなった」と考えられる「ここ最近」で取られたもの。つまり、データからは「牝馬は強くなっていない」ことが証明されてしまったわけだ。

「とはいえ、このデータはあくまでも『全体の傾向』です。個別の馬の能力を表したものではありません。私が思うに『牝馬が強くなった』というのは、『インプレション(印象)』だと思うんです。『牝馬は牡馬よりも遅い』という全体の傾向は変わっていませんが、GIなどの大レースで牡馬よりも速く走る牝馬が、以前よりも増えているというのもまた事実だと思います。ここ数年、ごく一部ながら、とんでもなく強い牝馬が何頭も出てきたことで、多くの人が『最近、牝馬が強くなった』という印象をもつようになったのだと思います」(向井さん)

 なるほど、「牝馬は牡馬よりもスピードが遅い」という全体としての傾向は変わっていないが、ごく一部ながら、突出して強い牝馬が続出するようになったということのようだ。ならば、その「ごく一部の突出して強い牝馬」の特異性は、よりいっそう際立つといえる。全体の傾向としては牝馬は強くなっていないのに、なぜ突出して強い牝馬がたくさん出てくるようになったのか―――。次章からは、その疑問を少し掘り下げてみていくことにしよう。

(続きは 『netkeiba Books+』 で)
強い牝馬はナゼ増えた?
  1. 第1章 本当に牝馬は強くなったのか?
  2. 第2章 データで証明された“牝馬は強くなっていなかった”事実
  3. 第3章 牝馬のほうが短距離戦に強く、繊細なワケとは?
  4. 第4章 性別でまったく異なる季節による体重の増減
  5. 第5章 エアグルーヴの天皇賞(秋)制覇が牝馬台頭のキッカケに
  6. 第6章 さまざまな要因が絡み合って牝馬が牡馬と伍して戦えるようになった
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