オジュウチョウサン×石神深一騎手「言葉がなくても伝わる感情」【競馬の究極の原点「競走馬は生き物である」】(2) (全編無料)

2019年02月24日(日) 18:02

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▲オジュウチョウサンのパートナー石神深一騎手

競馬はギャンブルかスポーツか、それは競馬の永遠のテーマ。しかし、主役の競走馬が生き物であるという点で、ほかのギャンブルとは一線を画します。

「馬が走りたくない時ってあるの?」
「ゲート、なんで出遅れるの?」

この企画は、現役騎手や厩舎関係者がファンの疑問に答えながら、愛すべき競走馬たちの素顔を語る短期集中連載です。

第2回はオジュウチョウサンのパートナー、石神深一騎手が登場します。馬と密なコンタクトが求められる障害競走。調教でレースで、競走馬と繰り広げる、激しくもハートフルな日々をご紹介します。

(取材・文=赤見千尋)

練習嫌いだったオジュウをヤル気にさせた方法

赤見 『競走馬は生き物である』というテーマでお話を伺いたいのですが、実感する時はありますか?

石神 すごくありますね。普段から意識していて、馬の気持ちを考えて調教しています。同じように障害を飛ぶのをイヤがっても、疲れているからなのか、体調が良くないのか、気持ちが前向きにならないのか、それとも怠け者なのか。そういうところをよく見て、なるべく判断するようにしています。もちろんそれがすべて正解とは言えないですけど、考えてあげるのも騎手の役目だと思っていて。

赤見 怠け者の馬っているんですか?

石神 いますね。オジュウチョウサンも昔はどちらかといえばそのタイプだったと思います。僕が最初に乗った頃は走るのもイヤなくらいでしたし、障害なんて見ただけでイヤがっていました(苦笑)。何度も何度も落とされて…、本当に言うことを聞かなかったですね。どこに行こうとしても、1回は『嫌だ!』と主張して止まってしまって。毎日格闘していました。

赤見 よくそこから理解し合いましたね。

石神 今でも隙あらば落としに来ますよ(笑)。実は有馬記念の1週前にも落とされてしまって…。普通は飛びたくないと障害の手前で止まるんですよ。でもあいつは相当前で止まってクルっと回ってしまって。「まさかこんなところで!?」という時だったので落ちてしまいました。

 僕がオジュウに対して「どうやったら言うこと聞くんだろう」と考えているのと一緒で、あいつも『石神はどうやったら落ちるだろう』って考えているんじゃないですかね(笑)。言葉では話せないですけど、考えていることは伝わって来ます。何か悪いこと考えているなって。あいつからしたらじゃれ合っているのかもしれないけれど、こっちからしたら命がけです。

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▲(C)トマス中田 バディプロダクション所属

赤見 そんなオジュウチョウサンに対して、どうやって障害練習しているんですか?

石神 飛ばないと見せかけて飛ばすんです。普通障害というのは、馬に「次はこの障害を飛ぶよ」ということを見せて理解させてから飛ばすんですけど、オジュウの場合は飛ばされるとわかるとイヤがってテコでも動かなくなるので(苦笑)。「飛ばないよ〜」という感じで走らせて行って、馬が止まれないくらいのところからバッと飛ばす、という感じですね。もし見せたら、『こいつ、飛ばそうとしているな。俺は絶対飛ばない!』って感じで頑なに意地張りますから(笑)。

赤見 そんな頑ななオジュウチョウサンが、一気に強くなった要因はなんでしょう?

石神 体の面が整ったタイミングだったということも大きいと思いますが、一番は気持ちの面だと思います。あの性格ですから、あんまり褒められたり、チヤホヤされたりする経験が少なかったと思うんですけど、レースで勝ったらみんなが喜んでくれる、褒めてくれるというのがわかったからではないかと。体とメンタル、両方が上手くハマって行った気がしますね。

赤見 騎乗していて、具体的に変わった部分はありますか?

石神 調教で障害を飛びたがらないのは相変わらずですけど(笑)、レースに行ったらすごく前向きになりました。結果が出ていない時は、ゲートの中でも『出たくない…』という感じで体も気持ちも下がってしまって、重心が後ろになって出遅れていました。でも最近は『早く出たい!』という感じになって、僕が「まだだよ、まだだよ」ってなだめている状態。『レースで走りたい』という気持ちが伝わってきます。

赤見 この馬の強さというのは、どう感じていますか?

石神 まずは飛越が上手です。飛んだ時の土台がしっかりしている。障害に向かって行って、踏み切って着地してという一連の動きの中でブレがないんです。それに、不安がないというのも大きいですね。どんな障害馬でも、ゲートの中でうるさいとか、道中引っ掛かるとか、水濠が上手じゃないとか。何かしら不安要素があるものなんですけど、オジュウは一つもない。そこは本当にすごいなと思います。

初めて障害を飛ぶとき、馬はどんな反応をするのか?

赤見 「水濠が上手じゃない」というコメントが出ましたが、障害によって得意不得意があるんですか?

石神 ありますね。例えば生垣と水濠では全然違います。生垣や竹柵はその障害自体を越えればそれほど着地ミスはしないんですけど、水濠は幅を飛ばないと水に脚が入ってしまうので、ある程度勢いをつけて飛ばさないといけない。なるべく詰まった飛越をしないように、遠目からでもいいので勢いを付けて飛ばすようにしています。

赤見 踏み切りのタイミングが合わない時はどうするんですか?

石神 そこが騎手の腕の見せ所なんですけど。例えば人間が走る110mハードルなら、ある程度人間の完歩に合わせてハードルが置いてあるわけじゃないですか。でも障害レースは馬の完歩に合わせてあるわけではないですから、合わなくなることはしょっちゅうです。障害に向いた時、だいたい合っているなというのはわかるし、合わないなというのもわかります。

 そこで詰めるのか、出すのかの二択になりますが、その選択をミスしてしまうと、転んでしまったり、ボッコンと詰まってバランスを崩したり、着地で躓いたりする要因になるわけです。踏み切りに関して言えば、何十年やっても完璧に合わせられるという自信はないですね。その馬と一緒に練習することが重要なので、調教がすごく大事です。

赤見 平地から転向して、初めて障害を飛ぶ馬というのはどんな感じですか?

石神 馬は臆病な生き物なので、初めて障害を見せるとほとんどの馬が逃げようとします。すごく小さな障害というか、横木を跨がせることから始めるんですけど、基本的に馬にとって飛ぶものではないので(笑)。『何だこれは?!』という感じで、避けて通ろうとします。

 そこから少しずつ慣らしていって、障害は怖くないんだよということを教えていって。障害を飛ぶことに少しずつ自信をつけさせて、人間のことも信頼してくれるよう絆を作って行くことも大事ですね。

 ただ、どんなに練習しても障害馬になれない馬もいるんですよ。僕は年3頭くらいはいます。例えば障害に絶対近寄らない馬。横木でも10mくらい前から絶対に近寄らないし、何をしても近寄らない。あとは飛ぶのが上手にならない馬もいますね。

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▲(C)トマス中田 バディプロダクション所属

赤見 障害を飛ぶのは当たり前ではないんですね。

石神 ほとんどの馬が飛ぶことはできるけれど、飛ぶことと障害レースに向いているというのはイコールではないんです。いろいろ工夫して練習してみるけれど、それでも上達しない馬は危ないですし。僕だけが怪我をするだけじゃなく、他の人馬にも迷惑をかけてしまいます。

 あまり見えないかもしれないですけど、障害を飛ぶ時、ほとんどの馬は真っすぐ飛んでないんです。右や左に斜めに飛んでいるので、飛ぶのが下手な馬がいると本当に危ないですから。

赤見 初障害で買いやすい馬のタイプというのは?

石神 これまでのレースで掛かる馬、1000mや1200mで前目で競馬してきたような馬は難しいと感じます。1600〜2000mくらいで、中団5、6番手くらいで競馬をしている馬は乗りやすい馬が多いイメージ。それで飛越が上手なら最高です。飛越が上手ならば絶対コメントに入りますから、関係者コメントを参考にしていただければ。

赤見 では最後の質問です。石神騎手にとって、馬とはどんな存在ですか?

石神 乗っていないと(自分自身が)生きている感じがしないです。先日も怪我をして1週間休んで、落ちてすぐはしばらく休もうと思ったけれど、レースを見たら乗りたくなってすぐ乗ってしまいました。馬と接するのは上手くいかないことの方が多いし、レースでも負けることの方が多いですけど、なんだか人間と接しているようで、僕はすごく楽しいです。

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▲「馬と接するのは人間と接しているようで、僕はすごく楽しいです」

(次回は和田竜二騎手が登場。レースの疑問に答えます!)


【イラスト作者プロフィール】

トマス中田

バディプロダクション所属

兵庫県姫路市出身/昭和生まれ

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