ローズキングダムも暮らすヴェルサイユファーム(1) 引退馬を守りたい―再整備へ新たな挑戦

2019年04月30日(火) 18:00

第二のストーリー

▲ローズキングダムと岩崎崇文さん(提供:ヴェルサイユファーム)

一頭の馬との出会いから始まった夢

 ヴェルサイユファームという牧場を知ったのは、ローズキングダムが種馬場から移動して、第三の馬生を送っているというフェイスブックの記事が最初だったと記憶している。聞き慣れない牧場名だと思って調べてみると、前身が冠名ジョウノで有名な三城牧場だということがわかった。経営をしていた小川義勝氏が亡くなり、妻である現代表の岩崎美由紀さんが故人の遺志を受けてヴェルサイユファームと名前を変えて、牧場を引き継いでいた。

 ローズキングダムに続いてやって来たのは、やはり種馬を引退したタイキシャトルとメイショウドトウのGI馬2頭だった。生産のみならず引退馬の預託も積極的に取り組んでいくために、本場から直線距離にしておよそ3キロほどのところにある元生産牧場を引退馬専用の牧場にした。

「2000万かけて牧柵は全部回したんですけど、他はまだまだです」と話すのは岩崎美由紀代表の息子でヴェルサイユファームの岩崎崇文さんだ。

「最初は結構使えるかなと考えていたのですが、いざ馬房に馬を入れてみると天井が低かったり、裏戸の位置が馬のサイズに合わなかったりしました。ひと昔前に比べるとそれだけ馬が大型化しているのかなと…」

 さらに昨年の台風と地震の影響で、修繕を施さなくてはならない箇所がたくさん出てきてしまった。

「洗い場もあるのですけど、台風でシャッターがグシャグシャになって飛んでしまっていたり。コツコツと全部修繕していかなければならないんですよね」

 2000万かけて牧柵を作り、既に引退馬も受け入れいる。岩崎さんは「あとには引けない、ここから何とか立て直してやっていかなければ」という思いに駆られた。

第二のストーリー

▲環境の整備にも膨大な費用がかかるが「ここから何とか立て直さなければ…」(提供:ヴェルサイユファーム)

 ヴェルサイユファームで生産と引退馬の牧場を手掛ける岩崎さんは東京で生まれ、馬とは全く縁のない環境で育った。幼稚園までは東京で暮らしていたが、父の仕事の関係で、一時期アメリカのロサンゼルスに居住していたこともある。

「住んでいた家の裏手に、馬が歩ける道がついていました。近くに乗馬クラブがあったわけではなく、自宅で馬を飼っている人がいて、その人馬向けのお散歩道だったと思います」

 ロサンゼルスでの記憶はほとんどないのに、なぜか自宅の裏手にあった馬道は記憶に残っているあたり、馬に関わるその後の人生を暗示しているようでもある。小学校1年の3学期に、母親の実家のある兵庫県へと移った。

「小学3年の時に乗馬スポーツ少年団で遊びのような感じで馬に乗り始めました。本当は母が乗馬をしたかったみたいですが、股関節が悪くてできなかったので、僕がやり始めたという感じです」
 
 高校は東京の関東国際高校に進学。千葉県にある東関東ホースパークで本格的に乗馬に取り組んだ。その時に出会ったのが屈腱炎持ちのタテヤマアラシ(競走馬名同名・中央で31戦3勝)という馬だった。

「噛んだり、蹴ったりする気性が激しい馬で、最初は心を開いていませんでした。障害飛越で試合にも出ていましたが、途中で障害物を何本か落下させていたりしました」

 だがタテヤマアラシは、徐々に岩崎さんを信頼するようになっていく。

「皮膚病が酷かったのですが、行くたびにシャンプーとリンスをして、丁寧に手入れをしていました。そうしているうちに、少しずつ性格が変わってきたなと先生たちにも言ってもらえるようになりました。試合でも自分が失敗した時に、馬が助けてくれるようになったんです。踏み切りのタイミングを間違えても、頑張って何とか飛び越えようとしてくれました。傍から見ている人の目にもそう映ったみたいです。タテヤマアラシを通じて、人との信頼関係ができると馬は助けてくれるとわかったのがきっかけで、ゆくゆくは引退した馬たちを助けてあげられる場所を作れたらなと考えるようになりました」

 だが当時はまだ、その夢は具体的に形になっていたわけではない。大学生になってからも乗馬に打ち込んでいた岩崎さんだったが、卒業後は好きだった車業界への就職が決まっていた。ところが状況は一変する。

「高校2年の時に僕の父が亡くなり、のちに母が再婚した相手が三城牧場の小川義勝さんでした。ところが継父も、再婚して5年ほどした2015年に亡くなってしまったんです。その時の遺言が、母に牧場を続けてほしいというものでした」

 馬を扱うことができた岩崎さんは、憧れていた車業界への就職を諦め、母をサポートするために北海道へと渡った。

「東京が人ゴミだらけだったので、はじめは自然があっていいなと思いました。そう感じたのは最初の2、3か月くらいでしたけど(笑)。でも馬たちがいますし、今は良かったなと思っています」

第二のストーリー

▲仲良く鼻を寄せるローズキングダムとメイショウドトウ(提供:ヴェルサイユファーム)

 近年の生産馬からは2017年、18年とターコイズSを連覇を含む重賞4勝のミスパンテールや、2017年のフェアリーS優勝のライジングリーズンという重賞勝ち馬が出ているが、引退した養老馬を預かり始めたのは3年ほど前だという。

「たまたま馬術のコーチから電話がかかってきて、乗馬を引退した馬を預かることになりました。それ以前から(三城牧場の)繁殖を引退した馬をそのまま置いてはいたのですけどね」

 現在ヴェルサイユファームには、競馬や乗馬、種牡馬、繁殖を引退した馬が12頭いる。はじめはヴェルサイユファーム本場でそれらの馬たちを飼養していた。だが繁殖牝馬は流産や仔馬の死亡につながるウィルス性馬鼻肺炎(別名:流産病)などウィルス感染症には常に気を付けなければならない。特にローズキングダム、タイキシャトル、メイショウドトウは見学に訪れるファンがおり、来場した人がウイルスを運んできて感染する危険がある。そこで引退馬を繋養する牧場を別の場所に構え、繁殖牝馬のいる本場と切り離すことにしたというわけだ。だが前述した通り、地震や台風の爪痕により、修繕を必要とする場所がかなり出てきた。何とか立て直さなければと始めたのが、目標額1000万のクラウドファンディングだった。

■タイキシャトルも元気に過ごしている(提供:ヴェルサイユファーム)

(つづく)


ヴェルサイユファーム HP

http://versailles-farm.com/

ヴェルサイユファーム Facebook

https://www.facebook.com/versaillesfarm/

ヴェルサイユファーム クラウドファンディング

https://readyfor.jp/projects/VersaillesResortFarm

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

関連情報

新着コラム

コラムを探す