【緊急深掘りコラム】JRA激震…禁止薬物による156頭の競走除外は、なぜ起こったのか

2019年06月15日(土) 20:00

教えてノモケン

▲競馬場の「函館スプリントS」のモニターに「取消」の文字が並ぶ (撮影:小金井邦祥)

 中央競馬の厩舎に広く流通していた飼料添加物「グリーンカル」から、禁止薬物のテオブロミンが検出され、6月15、16両日に出走を予定していた156頭が、一括で競走除外となった。

 薬品を始め飼料や添加物、サプリメントなど、競走馬の口に入るものは全て、流通前の段階で公益財団法人、競走馬理化学研究所の検査を受ける必要がある。だが、問題の製品は昨年12月から流通していたのに、今年4月になって販売元の日本農産工業(横浜市)が検査を申請。

 6月14日午後の段階で同研究所から禁止薬物検出という結果が通知され、慌ててユーザーの厩舎側に回収を申し入れる過程で事態が表面化した。お粗末な過程としか言いようがないが、一方で現在の薬物規制の存在意義を考えさせる部分もある。

最悪のタイミングで発覚

 JRAによると、飼料添加物の場合、「ロット」と呼ばれる製造・出荷単位が変わるごとに検査が必要で、検査は通常、年数回という。ところが、同社が今回のロットの検査を依頼したのは4月。

 また、製品は卸業者4社を通じて流通していたが、各社はロットの番号や検査済みかどうかなどを確認もせずに販売した。JRAは「この経緯自体が異常」としており、週明けに本格化する調査では、検査が遅れた経緯、理由が焦点化しそうだ。

 それにしても、出馬投票を受け付け、各競走の出走馬が確定した翌日の金曜午後という段階で、こんな重要な問題が表面化するという過程は、にわかには理解できない。週の前半か半ば、少なくとも出馬投票前に検査結果が通知されないと、施行者も厩舎も対処の仕様がない。

 元を正せば、販売元が4カ月も遅れて検査を依頼したのが問題だが、該当厩舎に所属していても、個々の厩務員の判断などで、実際には問題の製品を口にしていない馬も競走除外となった。全頭検査をする時間がなかったための窮余の策だが、多くの関係者に損害が及ぶ大事故に発展した。

 同研究所としても、依頼から約2カ月後だったことを考慮し、いち早く伝達した結果だったと思われるが、タイミングが最悪だった。

流通はしても陽性反応はゼロ

 ところで、この経緯はもう一つの疑問を産む。15、16日に除外された馬の所属先は美浦6、栗東22の計28厩舎に上っており、昨年暮れから流通していた経緯を考えれば、レースで入着した馬(レース後に検査が行われる)が皆無だったはずはない。にもかかわらず、該当期間中にテオブロミンの陽性反応が出た馬は1頭もいない。

 理由としては、混入量が少なく、馬の検体から検出されるレベルに達していなかった可能性が高いと思われる。JRA側も「こうしたことは現実にあり得る」と説明している。

 日本農産工業は自社ホームページで「原材料にテオブロミンを使用していない」と説明しており、製造過程(製造元は子会社のニッチク薬品工業)で、何らかの理由で少量、混入したことが想定される。

 類似のケースとしては、2014年12月に中山の新馬戦で1位入線したピンクブーケの検体から後日、カフェインが検出され、失格となった件がある。

 その後の調査で、米国の製造元がニュージーランドから輸入した原材料の中にカフェインが混入していたことが判明。厩舎側に過失がないとの結論に至り、後にJRAは馬主のキャロットファームに1着賞金相当の700万円を弁償。製造元と流通業者に求償する形で事態は終結した。

 この件では、海外の業者が絡んでいたために、「ロット」が異なるとはいかなる意味かについての認識を共有できず、流通前の検査の網から漏れる結果となった。そこでJRAは事件後、メーカーはもちろん、流通業者に対してもロットごとの検査の実施を徹底するよう指導していた。ところが、今回の件はより初歩的なレベルで問題が起きたのだから腑に落ちない。

 あくまでも推測だが、昨年12月の流通から検査を申請する4月までの間に何も起きなかったため、当事者にも危機感が乏しかったのではないか。

 ピンクブーケの件でもわかる通り、何も起きていない訳ではない。だが、日々消費される飼料や添加物、サプリメントの総量の中では文字通り、氷山の一角に過ぎない。しかも、グリーンカルは古くから流通している製品である。油断があったかも知れない。

警察が絡んでも迷宮入りに

 今回の件は、出走馬から薬物が検出されなかったため、警察が関与するには至らなかったが、ピンクブーケの例では、競馬法違反が疑われたため、警察沙汰となった。混入の経緯が判明したのは不幸中の幸いと言えるが、他の薬物が検出された事件では、結果的に迷宮入りとなった例が非常に多い。

 よく知られた案件としては、11年7月のジャパンダートダービー(大井・JpnI)で3位入線したクラーベセクレタからカフェインが検出された例があるが、これも真相は今なお闇の中である。

 当時の検査態勢や諸々の状況を考えれば、馬を扱う側が意図的に混入した可能性はゼロに近く、何者かが業務妨害的な意図で混入した可能性が高いが、捜査当局も核心には迫れなかった。

 昨年、岩手競馬を開催中止に追い込んだ一連の薬物問題も、狙いは個別の馬ではなく、競馬開催自体の妨害にあった可能性が極めて高く、施行者側も競馬法違反に加えて威力業務妨害で刑事告発すべきだった。

 岩手の件でも捜査が進展したという話は聞こえてこない。競馬界の内情に明るくない警察にこの種の問題を扱わせても、捜査力に限界があることは過去の例からも明白だ。

 そもそも現行競馬法は、70年代まで多用されたであろう、「カマシ」などとも呼ばれた「一発芸」的な薬物違反を念頭に置いたものだったと言える。文字通り「一時的に」馬の能力を薬物で増減させ、馬券で利益を図るというイメージである。

 だが、もはやそんな時代は過ぎた。90年代前後にはステロイドや、それを隠す目的が疑われた利尿剤が世界的に注目され、国内のルールにも反映された。今後は今回のケースのような、添加物やサプリメントに使う側も意図しない形で混入する案件が焦点化するだろう。

 現在の競馬の公正確保策の大枠は、70年前後に起きた様々な事件を契機に確立されており、既に半世紀近くが過ぎている。薬物規制ももはや賞味期限切れである。実効性の薄い刑事罰中心の規制でなく、ヒトのスポーツのドーピング規制の枠組に近づけることを考える時期に来ている。

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野元賢一

1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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