可愛くて強くて優しい“白面”の馬、メイクアップのありし日の姿

2019年06月18日(火) 18:00

馬ニアックな世界

▲右半分だけ真っ白という可愛らしいお顔でとてもファンの多かったメイクアップ(2017年11月撮影、馬房にて)

右半分だけ真っ白な顔。まるで舞妓さんがお化粧をしたように見えるメイクアップ(牡8、栗東・谷潔厩舎)が6月15日、東京4レース障害未勝利戦で左第1指関節開放性脱臼により残念ながら予後不良となりました。

私自身も大好きな馬でした。そして、とてもファンの多かった馬でもあります。今回のコラムではメイクアップのありし日の姿をみなさんと一緒に思い出せたらと思います。

人の言葉を理解しているようだった

 青森の八戸市場で取引されたメイクアップを担当の木埜山賢厩務員が初めて見たのは、2歳で入厩してくる時でした。

「オレハマッテルゼの仔だと(谷潔)先生から聞いて、当時は産駒のハナズゴールが活躍していたのでいい印象を持ちました。検疫厩舎に行くと1頭、顔が真っ白な馬がいて、可愛いというよりちょっと怖いなと思って見ていたら、それが担当するメイクアップでした(笑)」

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▲木埜山厩務員とメイクアップ(2017年11月撮影)

 珍しい白面の馬。顔の左半分は鼻筋に流星が通っている普通の顔に見えますが、反対側は真っ白。そのため、初勝利を挙げるなど相性の良かった左回りでは、向正面では“普通の馬”が走っているのに、最後の直線に入るとその特徴的な顔がパッと視界に入ってきて、すぐにメイクアップだと気づけるのでした。

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▲反対側から見ると、普通にカッコイイ流星です

 それゆえ、トレセン内を歩いていても目立つ1頭でした。

「メイクアップと歩いていると、『おっ、化粧してきたんか?』と冗談交じりに声を掛けられることもありました」

 馬房でも愛嬌たっぷり。さらに、木埜山厩務員は6年近くの日々を過ごす中でこんな変化があったといいます。

「まだ2歳の頃、フレグモーネになってしまったことがありました。辛そうにしているメイクアップの看病は予想より長引いたのですが、そこでメイクアップとの距離が縮まったように思います。それまでヤンチャだったのが、それからは言うことをきいてくれるようになりました。賢い馬で、私の話していることは理解しているようでした。私の体調が優れない時は、私に合わせて寄り添うように歩いてくれて…優しくて我慢強い子でした」

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▲木埜山厩務員とメイクアップは6年近くの日々を一緒に歩んできました(2019年5月撮影)

 3歳時、プリンシパルSでは中団インから脚を伸ばして3着と、クラシック出走を夢見たこともありました。

 平地で4勝を挙げ、2018年3月には障害入り。

 平沢健治騎手と障害練習に励み、障害初勝利もあと一歩まで迫っていました。先週水曜日にはメイクアップを曳きながら「今週は土曜日にメイクアップ、日曜日にダンツキャッスル(ユニコーンS3着)で東京に行ってきます」と木埜山厩務員がワクワクした表情を見せていました。

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▲2018年3月はじめ、メイクアップが障害練習をする様子(写真奥)

ある地方騎手との出会い

 メイクアップは、ある地方競馬の騎手にとっても忘れられない1頭になっています。

 最後の勝利となった2016年8月28日札幌12レース、ワールドオールスタージョッキーズ(WASJ)第4戦。

 手綱を握ったのは当時、地方代表としてWASJに出場していた永森大智騎手(高知)。好スタートから5〜6番手につけると、直線は大外を伸びて勝ちました。

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▲メイクアップの手綱を握った永森大智騎手

 この勝利は永森騎手にとってJRA初勝利。WASJ1日目はJRAのレースの流れや馬質に思うようにフィットできず、すっかり肩を落として「今日のレースは40点です」と話していましたが、2日目にはエキストラ騎乗も含めて徐々に着順を上げていき、最終的にはWASJ総合3位。その後押しをしたのは間違いなくメイクアップとの勝利でした。

 メイクアップが亡くなった翌日、高知競馬場でレースの合間の永森騎手に話しかけると「メイクアップのことでしょ?」と言葉が返ってきました。

「昨日、亡くなったと聞きました…。メイクアップと勝ったレースは僕にとって忘れられません。派手な顔をしているので一見うるさい馬かと思いきや、大人しくて乗りやすい馬でした。

 あの時のレースではスタートは良かったんですが、外枠だったのであまり仕掛けず、内に入れるところがあれば入ろうと思いながら道中は進んでいました。ジリジリと伸びる馬だと聞いていたので、4コーナーは先に動いていきました。滅多に行けないJRAで、しかも地方代表として勝たせてくれたことは僕にとってすごく大きいです」

 メイクアップは永森騎手にとっても大切な1勝をプレゼントしてくれたのでした。

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▲メイクアップは永森騎手にとっても大切な1勝をプレゼントしてくれました

 ちなみに、今年もWASJ地方代表騎手を決める戦い「地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ」が開幕しており、6月20日園田競馬場でのファイナルステージをもって代表騎手が決まる見込みです。永森騎手は暫定1位。「今年、もう1回JRAに行ければいいなって思います」とメイクアップとの思い出話の最後を決意で締めくくりました。

 木埜山厩務員は「痛い思いをさせてしまって…」と、最後の対面でメイクアップに土下座して謝ったといいます。

「可愛くて強くて優しい子だった」というメイクアップ。悲しい事故の後にこうして書くことは気が引けましたが、思い出をみんなで話すことが供養の1つになれば、と思って、予定していたコラム内容を変更してメイクアップのことを書かせていただきました。

 どうぞ安らかにお眠りください。

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大恵陽子

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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