93年皐月賞馬ナリタタイシンのいま(3)「目指せ!」GI馬の最長寿

2019年07月30日(火) 18:00

第二のストーリー

▲スタッフの森脇さんと一緒に取材を受ける(?)ナリタタイシン(C)netkeiba.com

タイシンにできた新たな目標!?

「ここに勤め始めて15年くらいになります」と話すのはベーシカル・コーチング・スクールのスタッフ、森脇仁志さんだ。

「僕がこの牧場に就職した時には、タイシンはいましたからね。ここでは僕の先輩なんです」(森脇さん)

 16時前に放牧地から馬房に戻ったタイシンは、森脇さんに何かを訴えるような表情でじっと見ている。「僕だと認識してくれていると嬉しいですね」と話をしていた森脇さんだが、タイシンの挙動を観察していると、ちゃんと認識した上での行動のように感じた。

「いつもは馬房に戻って来るとご飯なのですが、今日は時間が少し早かったので、ちょっと疑問に思っているのだと思います(笑)」(森脇さん)

 29歳と高齢ではあるが、毛ヅヤも良くて健康状態は至って良好に見受けられたが、体調が落ちた時期もあったという。

「2年前くらいに、馬体も寂しくなって精神的にも元気がなくなりました。そろそろ限界なのかなと考えながら世話をしていました。その当時は放牧地に入れてもゆっくり歩いていって、砂浴びは好きだったのでそれはしていたのですけど、やはり年齢を重ねるとこのような状態になってしまうのかなと思っていました。それが今年に入ったあたりから、元気さを取り戻してきて、今では放牧に出すと若い頃を彷彿とさせるような感じで自分からダーッと走っていきます。そしてゴロンゴロン砂浴びをして、ちょっと走ったら草を食べています」(森脇さん)

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▲放牧地から帰る途中もついつい道草を…(C)netkeiba.com

 ご飯の時間帯もすっかりわかっていて、その時間になると放牧地の出入り口の周辺で、迎えをずっと待っている。

「人の姿が見えたら、鳴いて呼ぶんです。人は好きだと思いますし、頭も良いです。体調が落ちる前までは夜間も放牧をしていたのですが、雨が降らない日は『夜間放牧でしょ』という感じで放牧地の奥の方にいるんですが、雨が降りそうな日は出入り口のあたりでウロウロウロウロしています。雨予報が出ていたのに、タイシンが出入り口付近に来なかった時には、雨が降らなかったりもしますから。雨が降るのかどうかをわかっているんだなと思いますね。人間よりも天候の変化に敏感なのかもしれません」(森脇さん)

 夜間放牧は体調が落ちた2年前には中止していて、現在午前中は馬房の中で過ごし、午後になると放牧に出て、16時頃に収牧というのがタイシンの1日のスケジュールだ。自由に歩き回れて草も食べられる放牧は、今も昔も変わらず好きな様子。

「以前は雨が降っている時でも、放牧に出せーと鳴いていました。最近は出してほしい時は人が前を通ると鳴きますけど、雨だよと伝えると『そうなのか』という感じで鳴かなくなって、馬房の中でじっとしています。雨が止んで放牧しようと近づいていくと『あ! 出られるのかな?』と寄って来るんです。ただ、夜間放牧をしなくなってからはご飯が嬉しくなったみたいで、飼い葉の時間になったら出入り口まで来てウロウロするようになりました。だから16時前後に人が来ると『ご飯! ご飯!』とアピールしています」(森脇さん)

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▲ご飯の時間が待ち遠しい…(C)netkeiba.com

 食べ物の好き嫌いもほとんどない。

「加齢で歯が弱くなっているので、きれいに草を食べられないこともありますので、高齢馬用の配合飼料も与えています。リンゴが大好きで、飼い葉の上にポンとリンゴを置くと、まず最初にリンゴを食べます。若い頃はリンゴもきれいに食べられたのですが、加齢とともにバラバラと落とすようになったので、飼い葉桶に入れています。桶に入れるとそれが受け皿になりますので、ちゃんと食べられるんですよね」(森脇さん)

 取材に訪れた日は奇しくもタイシン29歳の誕生日。プレゼントに大好きなリンゴを持参しなかったことを後悔した。

 森脇さんをはじめ、スタッフ全員に大切にされているナリタタイシンだが、ファンにとっても大切な存在で、固定ファンが多いという。

「毎年結構な数の見学者の方が来ますね、放牧地のまわりで2時間、3時間とタイシンを眺めている方もいらっしゃいます。中には顔を撫でている方もいますね。口がうるさいところがあって、パクッときますからそれは気をつけてください、あとは中に入らなければ大丈夫ですよと見学者の方には伝えています」(高橋さん)

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▲取材日はタイシンの誕生日。ファンの方からプレゼントも届いていた(C)netkeiba.com

 牧場見学の際は、基本的には馬に触れるのは禁止している牧場が多いが、このベーシカル・コーチング・スクールではタイシンに噛みつかれないように注意さえすれば、撫でるのはOKとのことだ。(牧場見学の際はマナーを守って下さい)

 また毎年開催されている馬産地見学ツアーでは、こんなひとコマがあった。 

「ウチの牧場はツアーの最後の方だったのですが、それまでなかなか馬には触れる機会がなかったということで、せっかくなのでタイシンと触れ合ってもらうことにしました。全員はさすがに難しいので、60人ほどの参加者同士でじゃんけんをしてもらいました。そして僕らがタイシンの横について、じゃんけんに勝った方々に触っていただきました」

 タイシンはファンとの触れ合いという役目を立派に務めた。皐月賞を勝った名馬の体温を直に感じるという経験は、参加者にとって忘れられない旅の思い出になったことだろう。

 ウイニングチケット、ビワハヤヒデとともに3強と言われたナリタタイシン。種牡馬としては残念ながら花は開かなかったが、ベーシカル・コーチング・スクールではなくてはならない存在となっている。

「ウチのスタッフがウイニングチケットのコンディションがものすごく良かったと言ったんですよ。それを聞いた時はちょっと悔しかったですね(笑)」

 ともに戦ったライバル健在の報せは、高橋さんにとって嬉しくもあり、張り合いにもなったようだ。

■放牧中のナリタタイシン

「GIを勝った馬の最長寿なら狙えるのではないかなと思いまして、2年ほど前から合言葉は『目指せ!』なんです(笑)」

 高橋さんは、明るく笑った。

 現在サラブレッドの最長寿は、長野県のスエトシ牧場にいるシャルロット(競走馬名アローハマキヨ)で、満年齢40歳と記録を更新中だが、GI級のレースに勝った馬では5冠馬シンザンの35歳が最長寿記録となっている。

 ナリタタイシンの体の張り、ツヤ、目の輝き、そして牧場の人々の愛情と丁寧な管理を目の当たりにして、GI勝ち馬の最長寿記録も決して夢ではない。「目指せ!」そうエールを送りながら、牧場を後にしたのだった。

(了)


ナリタタイシンを見学ご希望の方は下記「競走馬のふるさと案内所」をご参照ください。

https://uma-furusato.com/i_search/detail_farm/_id_1216

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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