【馬事文化賞2019】作者早見和真氏インタビュー 話題の競馬小説『ザ・ロイヤルファミリー』の制作秘話 (無料公開)

2020年01月07日(火) 18:03

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▲『ザ・ロイヤルファミリー』の作者・早見和真氏

10月30日に新潮社から上梓された競馬小説『ザ・ロイヤルファミリー』。競馬ファン歴30年の作者・早見和真氏が、小説家としてデビューしたのは2008年。デビュー作の『ひゃくはち』が映画化され、2014年に上梓された『イノセント・デイズ』では第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。

「やっぱり競馬は楽しいギャンブルですよ。ギャンブルの物語を書くならば、絶対に競馬が一番面白い。競馬好きは小説が好きだし、小説好きは競馬を好きになる」(早見氏)

早見氏を直撃し、競馬との出会いから、競馬小説を手掛けるに至った最大の理由、制作の手助けとなった競馬関係者たち、そして「netkeiba」ユーザーに伝えたいメッセージをお聞きしました。

【作品紹介】

継承される血と野望。届かなかった夢のため――子は、親をこえられるのか? 成り上がった男が最後に求めたのは、馬主としての栄光。だが絶対王者が、望みを打ち砕く。誰もが言った。もう無理だ、と。しかし、夢は血とともに子へ継承される。馬主として、あの親の子として。誇りを力に変えるため。諦めることは、もう忘れた――。圧倒的なリアリティと驚異のリーダビリティ。誰もが待ち望んだエンタメ巨編、誕生。

(取材・構成=不破由妃子、写真=宮原政典)


※2020年1月7日「ザ・ロイヤルファミリー」が「2019年度JRA賞馬事文化賞」受賞しました。本記事は受賞前の昨年11月に公開したインタビューとなります。

自分の本を出す行為に勝るギャンブルがなかった

──10月30日に新潮社から上梓された『ザ・ロイヤルファミリー』。山王耕造という一人の馬主を起点とした“人と競走馬の継承の物語”が、秘書兼レーシングマネージャーの栗須栄治の視点から描かれているわけですが、そのリアリティとライブ感に、まるで実在のレーシングマネージャーの手記を読んでいるかのような感覚に陥りました。

早見 そう感じていただけたのならうれしいです。みなさんのような競馬の仕事をされている方たちに、『ザ・ロイヤルファミリー』がどう捉えられるのか、やっぱりそこはすごく気になったので。

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▲10月30日に新潮社から上梓された『ザ・ロイヤルファミリー』

──臨場感溢れるレースシーンはもちろん、牧場、厩舎、競馬場の描写や、ホースマンたちの心情も非常にリアルで、競馬に携わる人間としては、一体どれほどの取材をこなされたのか、その制作過程に興味を持たずにはいられませんでした。そのあたりも含め、作品については後ほどじっくり伺っていきますが、まずは早見さんと競馬の出会いについて教えてください。

早見 僕自身は典型的な庶民の倅なんですが、野球推薦で入った中学が桐蔭学園というお坊ちゃんばかりの学校だったんです。父親が馬主をしている友達も何人かいて、彼らについて東京競馬場の来賓席で競馬を観たのが最初ですね。

──来賓席から見た競馬は、中学生の早見さんのなかにどういった印象を残しましたか?

早見 とにかく鮮烈でした。競馬に付きまとう“安い焼酎と酔っ払いのオヤジ”みたいなイメージが一瞬で払拭されて、「美しいもの」としてスタートした感じですね。

 高校時代は、甲子園に出るような野球部に所属していたんですが、そんななかでも周りに競馬好きがいて、相変わらずみんなで競馬を観ていたんです。そんなときに出会ったのがツインターボ。七夕賞を逃げ切った姿には魅了されましたね。以来、大学に入ってからもずっと観ていて。

──ということは、出会いから数えると競馬ファン歴は30年弱。グリーンチャンネルの『競馬場の達人』にご出演されているのを拝見しましたが、最初のレースに全額投入するなど、現在の勝負スタイルは完全にギャンブラーのそれで(笑)。

早見 いやいや、あれに関してはすべて『ザ・ロイヤルファミリー』のためでしたけどね。おかげであの日は大負けしました(笑)。ギャンブルということでいえば、2008年の6月に小説家としてデビューして以来、僕のなかで「本を出す」という行為に勝るギャンブルがなくなっちゃったんですよ。

 自分の本を出す行為って、真っ裸の自分をベッドする感覚にすごく近くて。それ以上にヒリヒリする瞬間がなくなってしまったので、2008年以降は馬券を買っていなかったんです。

──そんななか、今回の作品につながるフックとなった出来事は?

早見 それはもう明確で、新潮社の編集担当者3〜4人で飲んでいるときに、彼らが言ってくれたひと言です。僕ね、デビュー以来、書くことが辛くて仕方がないんですよ。小説を書くことって自分の才能のなさを突き付けていく行為だと思っていて、毎日ホントにしんどくて…。

──デビュー作の『ひゃくはち』がいきなり映画化され、2014年に上梓された『イノセント・デイズ』では第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。この2作品をはじめ、多くの作品が評価され、続々と映像化されている早見さんの口から、まさか「才能がない」という言葉を聞くとは…。

早見 いやいや、ホントに書くことが苦手なんです。僕の好きな小説家さんたちのインタビューを見ると、みなさん書くことが楽しくて仕方がない感じなんですよね。だから、担当者と飲むたびに「やっぱり天才はすごいな、羨ましいな」っていう話をしていて。

 この本を書くきっかけになったときもそんな話をしていたら、担当者の一人が「『イノセント・デイズ』も売れたことだし、そのご褒美として、次は売れる売れないは考えなくてもいいです。早見さんが人生で一番楽しかったことをテーマにしてみませんか?」って言ってくれたんです。

──人生で一番楽しかったこと…私だったらものすごく迷ってしまいそうです。すんなり競馬に決まったんですか?

早見 パッと思い浮かんだのが、40カ国以上を旅したバックパッカー時代のことと競馬で。で、どちらがより刹那的に深くのめり込んだか…と考えたら、競馬だったんですよね。

 それとデビュー作以来、高校野球とか家族の借金とかいろんな表テーマの陰で、オブラートに包むように「父と息子」というテーマを必ず内包してきたんです。だから、いつか二代記とか三代記のような、父と息子の物語を勝負作として書かなきゃいけないなという思いが常にあったので、そこでも競馬と結びついて。スタートはそんな感じでしたね。

競馬の“ド”プロと“ド”アマを仮想読者に

──最初にも触れましたが、読み進めるなかで一番感じたのが、圧倒的な取材力です。生産者、馬主、調教師、騎手……いったい何人のホースマンの生の声が反映されているのか。相当な労力をつぎ込まれたであろうことは容易に想像できました。実際、取材にはどのくらいの時間を費やされたんですか?

早見 毎日みっちり取材していたわけではありませんが、5年はやったかな。その間、いろんな場所に行ったり、いろんな人に会いましたが、行きたいのに行けなかった場所はひとつもないし、会いたいのに会えなかった人もひとりもいません。

 結局、小説の取材というのは、1時間で何かを聞くということより、自分が書いているときに直で電話をして「こういうことってあり得る?」とか、「あり得ないとしたら、どう持っていけばいい?」など、直接聞ける人間関係を作れるかどうかだと思うんですよ。そういった意味で今回は、それができる人間関係をたくさん作れて。

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▲「小説の取材というのは、直接聞ける人間関係を作れるかどうかだと思うんですよ」

──なかには現役のジョッキーも?

早見 はい。川島信二さんには本当にお世話になりました。本文中で、マイル戦におけるスタートからゴールまでの完歩数に触れるシーンがあるのですが、「最少でどのくらいでいけるのか、大至急教えてくれ」とお願いしたこともありました。そうしたら、レース映像を見ながら一完歩ずつ数えてくれたみたいで(笑)。

──第二部の中心人物・中条耕一が、跳びの大きさからロイヤルリブランの距離適性を解くシーンですね。具体的な完歩数が書かれていたことで、すごく説得力がありました。川島騎手は、まさに陰の立役者ですね。(※明日、川島騎手のインタビューを掲載します!)

早見 その通りです。『ザ・ロイヤルファミリー』は、『小説新潮』で1年半くらい連載していたんですが、面識のない荒川厩舎の調教助手さんが1回目から全部読んでくれていると川島さんから聞いて。もちろん川島さんにも読んでもらって、その調教助手さんの分と合わせて毎月感想をもらったりもしていました。

──それは何よりの援護射撃ですね。作品全体に貫かれているリアリティに合点がいきました。

早見 もうひとり、僕が親しくしている書店員の女の子がいるんですが、彼女は競馬のみならずギャンブル全般が大嫌いという子で。その子にも「とりあえず毎月読んでくれ」とお願いしまして。つまり、競馬の“ド”プロと“ド”アマのふたりを仮想読者に見立てることで、「このふたりを面白がらせることができなければ、この本は勝てない」と自分に課したんです。

 そんななか、第一部のダービーの回で、「競馬場に行きたくなった」というようなまったく同じ感想がふたりからきたんですよね。すごく背中を押された気がして、このまま信じて書き続けようと思えた瞬間でした。

──作品中には、馬主、調教師、ジョッキー、レーシングマネージャーとさまざまな立場のホースマンが登場しますが、ぞれぞれにモデルとなった人物はいるんですか?

早見 いません。オーナーでいうと、サトノの里見治さんを筆頭に10人くらいお会いして、みなさんから本当にたくさんのお話を聞かせていただきました。そこで感じたのが、大物と言われる方ほど、どんどん馬への思いが純粋になっていくこと。

 山王耕造の人物像も、物語が進むにつれて見え方が変わっていくと思うんですけど、あれはおそらく、僕自身がオーナーという存在をどう見ていったかの変遷だと思うんですよ。最初はうさん臭くて何者かよくわからなかったけど、お付き合いをしていくうちにどんどん彼らの純粋性に気付いていく…みたいなね。実際、馬の幸せを心から願っている方たちが本当に多かったです。

──今回のストーリーテーラーは、馬主・山王耕造の秘書である栗須栄治。まったく競馬を知らなかったところから始まり、のちに敏腕レーシングマネージャーとなっていく人物ですが、ストーリーテーラーを彼にしたことにはどんな狙いがあったのですか?

早見 それこそ、ドプロでもドアマでもない人を立てたかったというのがまずひとつ。それと、今回の肝は絶対に第一部と第二部の二部構成にあったので、想いの継承、血の継承がテーマならば、その継承されるシーンこそ僕は描きたいと思っていた。

 第一部と第二部で、オーナーは山王耕造から中条耕一へ、馬はロイヤルホープからロイヤルファミリーへ、ジョッキーも佐木隆二郎から、彼に憧れていた野崎翔平へと主人公たちが全部ひっくり返るイメージで、その構想は最初からあったんですが、じゃあ誰の目線で物語を貫き通すのか…。

 1カ月くらいずっと悩んでいたんです。そんなとき、カズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞したというニュースを見たんです。僕は、カズオ・イシグロさんの『日の名残り』という本が大好きで。

──映画にもなった作品ですよね。小説は未読ですが、私も『日の名残り』は大好きな映画です。

早見 『日の名残り』は、イギリスの名家に従事する執事の目線で語られていく物語じゃないですか。それを思い出して、「これだ!」と思ったんですよね。

──なるほど。栗須栄治はアンソニー・ホプキンス演じるスティーブンスだったんですね。

早見 そうです、そうです。「これだ!」と思った瞬間、担当編集者に「これ、『日の名残り』だわ」ってメールをしたら、数十秒後に「それです!」って返事がきて(笑)。第一部と第二部を貫ける唯一の人間は、現代の華麗なる一族に仕えるレーシングマネージャーだと決まってから、一気に物語が動いていった感じです。

ギャンブルの物語を書くならば、絶対に競馬が一番面白い

──モデルを知って、控えめだけど主張もするという栗須栄治の人物像が、より魅力的なものになったような気がします。今回、『ザ・ロイヤルファミリー』の執筆を通して、新たに気付いた競馬の魅力はありますか?

早見 気付きはたくさんありましたけど、やっぱり競馬は楽しいギャンブルですよ。ギャンブルの物語を書くならば、絶対に競馬が一番面白い。競馬好きは小説が好きだし、小説好きは競馬を好きになる。競馬と小説には、そういう親和性が絶対にあると思うんですよね。

──競馬には、結末を予想するという推理ゲームの側面もありますからね。

早見 そうですよね。実は、ゲラではなく、本になった自分の作品を読んだのはデビュー作以来だったんですけど、一気に読めたし、「自分、ちょっと上手くなったな」と思えたんですよね。そう思えた一番の要因は、レースシーンが面白かったことで。

 第一部のダービーと有馬記念、第二部の有馬記念と、大きいレースを作中3つ書いているのですが、実況中継だけでレースを想像させたりとか、全部違う書き方をしているんです。我ながら、ちゃんと書き分けがなされているところがすごく面白かった。

──ラストはものすごくドラマティックなんですが、競馬では十分にあり得るドラマで。改めて、競馬って面白いなって素直に思いました。

早見 ありがとうございます。自分が今まで書いてきたすべての小説のなかで一番好きなラストです。ぜひ競馬ファンの方に読んでほしい。だから、netkeibaさんからインタビューのオファーをいただけて、本当にうれしかったです。

──詳しくはネタバレになるので書きませんが、最後の最後には“夢の続き”が用意されていて…。“それ”に気付いたときは、胸が熱くなりました。

早見 500ページも付き合ってくれた人たちは、あの仕掛けからもちゃんと物語を読み取ってくれるだろうなという気持ちがありました。

──それは間違いないです。この作品を通して、競馬ファンに一番伝えたいことは何ですか?

早見 競馬ファンであれば、2000円の本を買うくらいなら馬券を2000円分買いたいと思うかもしれませんが、とりあえず『ザ・ロイヤルファミリー』を読んだら、今年の有馬記念はきっと獲れる! そんな縁起のいい本であってほしいと願っています(笑)。

──第一部でも第二部でも、有馬記念に対する熱量はすごいものがありますものね。

早見 本なんて読まないよという方もいると思いますが、そこはちょっと騙されたと思って読んでいただきたいんですよね。ここまで長いインタビューを読んでくださっている方には、絶対に面白がってもらえる自信があります。

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▲「絶対に面白がってもらえる自信があります」

──内外離れての攻防とか、レース展開もすごくリアルですしね。

早見 そこは自信があります。毎月、川島信二さんがチェックしてくれてましたからね(笑)。なにしろ、(栗東トレセン近くの)ジュンク堂・草津店の週間ランキングでは1位ですから。

──さすが草津!

早見 そこでちゃんと売れてくれてるのって、すごく美しいですよね。

──また競馬を題材にした小説を書きたいという思いはありますか?

早見 いや、それはたぶん書かないです。というか、もう書けない。正直、今回の『ザ・ロイヤルファミリー』で書き切りました。競馬に関しては、これ以上書きたいと思えることがないくらいに。こんなに達成感を感じた作品は今までになかったです。

──作者のその力強い言葉は、何より訴求力がありそうです。そんな自信作だけに、狙うはJRA賞馬事文化賞だとか。

早見 馬事文化賞、欲しいです! 今現在でいえば、直木賞より欲しいかも(笑)。『ザ・ロイヤルファミリー』をたくさんの人が読んでくれたら、文化としての競馬の発展にも絶対に繋がっていくと思うんですよね。あとJRA賞の表彰式に出たいんです。もし一つ取材し残した場所があるんだとしたら、あの華やかな会場くらいだと思うので(笑)。

(明日は川島信二騎手のインタビューをお届けします)

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