トイトイファーム温川牧場(3)安心できる人や場所を見抜く?馬が持つ不思議な力

2020年03月10日(火) 18:03

第二のストーリー

コミュニケーションをとるコスモラヴモアとポニーのグリーン(提供:トイトイファーム)

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昨日より今日、今日より明日と…

 コスモラヴモアがトイトイファームへとやって来たのは、2019年8月16日の夕方だった。

「初日は警戒して目がつり上がっていましたが、翌日にはここは安心できる場所だと悟ったようで、頭を私にすり寄せてきました」

 馬という生き物は、自分が信頼できる人、安心できる場所を見抜く力がある。馬と接しているとそう感じる場面にたびたび遭遇するが、ラヴモアもトイトイファームが自分にとって安全な場所で、森田さんは信頼できる人だと一晩でわかったのかもしれない。
 
 元々森田さんは馬に縁のある家系の生まれだった。祖父は太平洋戦争中は陸軍の騎兵隊に属しており、戦後は競走馬を所有していた時期があった。その中でニシタップ(1945年生まれ、当時の表記はニシタツプ)という馬が京都記念・春に優勝、天皇賞・春で3着という好成績を収めている。ニシタップについて少し調べてみると、父・トキノチカラ、母・初甲、母父・カブトヤマ、父・トキノチカラの父がトウルヌソルという血統だとわかった。

 馬名の由来は定かではないが、ニシタップという響きからするとアイヌ語の可能性が高い。実際、北海道にはニシタップ(錦多峰・西達布)というアイヌ語由来の川名や地名がある。森田さんの牧場名であるトイトイはアイヌ語。そして祖父の所有していたニシタップもアイヌ語だとすると、アイヌ語から牧場名を取ったのも、偶然ではなく必然に思えてくる。また祖父の影響もあって、森田さんは幼い頃から馬を身近に感じており、いつか馬と生活をしたいという夢をずっと抱き続けていた。ポニーとは一足早く生活はしていたが、祖父が所有していたニシタップと同じサラブレッド種を森田さんが新しい家族として迎え入れたというも、運命のような気がしてならない。

「毎日ラヴモアとはハグしています」

 電話の向こうの森田さんの声は嬉しそうだ。もちろんラヴモアも、森田さんがそばに行くと甘えてくるという。サラブレッドは人の手が作り出した最高の芸術品とも言われるが、ラヴモアから動物の本能を感じたこともあった。

「馬は地震が起きる前兆を感じるんですかね。ラヴモア君と馬房の中で会話していたのですが、突然ラヴモア君の耳が動いて首を高く上げて驚いたように目を見開いたんです。私も危険を感じて馬房から出た途端にグラグラッと揺れました」

 取材中、森田さんは「ラヴモア君は本当に賢いですよ」と何度も褒めた。時間を見つけてはラヴモアとの会話を楽しんでおり、ラヴモアも言葉を理解しているように感じると森田さんは話す。これは個人的な感想だが、馬と心を通わせていくと、昨日より今日、今日より明日と会話がどんどん成り立つようになるように思う。ラヴモアは森田さんを信頼し、森田さんもラヴモアを心から敬愛して信頼している。そして毎日、コミュニケーションを続ける。この積み重ねがラヴモアと森田さんの絆を強固なものにしていったのだろう。フェイスブックにあるラヴモアと森田さんの戯れの様子からも、それが十分に伝わってくる。

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信頼し合うふたり(提供:トイトイファーム)

 トイトイファームには、シルバーゲイルという芦毛のサラブレッドもいる。この馬も高知、佐賀競馬時代のオーナーがラヴモアと同じ林由真さんだ。

 シルバーゲイルは、2013年5月22日生まれなので明け7歳になる。父はアドマイヤコジーン、母クロネコ、母父がダンスインザダークという血統で、新ひだか町の増本良孝さんの生産馬だ。栗東の浜田多実雄厩舎の管理馬として、2015年8月29日に小倉競馬でデビューし、7着。その後6戦するも勝ち星を挙げられず、2016年7月23日の3歳未勝利戦6着を最後に名古屋競馬へと移籍する。名古屋(笠松も含む)では9戦3勝2着3回3着1回の好成績を残し、再び中央競馬へ戻ってきた。だが500万下を2戦して10着、12着と惨敗。中央競馬の競走馬登録を抹消されて楽天オークションに出品された。

「ラヴモアと同じく、ゲイルも直近のレースを見てまだまだやれそうでしたし、粗削りですけどスピードがあると思いました」

 林さんはシルバーゲイル落札の経緯をこう話した。移籍した高知競馬初戦は1番人気に推され見事1着になると、続くレースでも1番人気で優勝。移籍から2連勝を飾り、3着、2着を挟んで今度は破竹の5連勝。勝ったレースは逃げ切りか先行と、林さんの見込んだ通りスピードの違いを見せていたが、2019年2月5日の寒風山特別(8着)を最後に、佐賀競馬へと移籍した。高知競馬では通算21戦10勝2着5回3着1回という成績だった。

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2017年善太川特別(名古屋)でのシルバーゲイル(ユーザー提供:のり塩さん)

 高知で怪我をしたために治療期間を経ての佐賀デビュー(2019年6月8日)となったが、勝利を挙げたのは移籍5戦目(8月3日)だった。

「レースで走るたびに球節が大きくなり、後ろ脚にも水が溜まるようになってきました。痛みや歩様は問題なかったので競馬には出走させられたのですが、大怪我に繋がったら可哀想ですし、森田さんに相談したら引き受けて下さると仰って頂いたので、引退を決めました」(林さん)

 佐賀競馬では9戦2勝、2着3回。中央も含めると48戦15勝2着11回3着2回が生涯通算成績となる。

 シルバーゲイルがトイトイファームにやって来たのは、昨年の10月30日だった。

「最初は噛みついてきて馬房に入れませんでした。ずっと声をかけ続けて3日目だったのですが、馬房の掃除をするのでちょっとのいて下さいと言ったらよけてくれました。段々信頼関係ができてきたのでしょうね。ゲイル君も賢い馬ですよ」

 馬たちとのエピソードを聞いていると、森田さんには馬が信頼してくれる特別な力があるような気がする。森田さんとも近しくなり、環境にも慣れてきたゲイルだが、1つ苦手なものがある。

「大きなトレーラーの音を聞くと興奮するんですよね。競馬場に行く馬運車だと思うのかもしれません」

 競馬で走らせるためにサラブレッドは生産される。だが大半のサラブレッドにとって、全力で走らなければならないレースは苦しいものになってくる。その競馬場へは大きな馬運車で運ばれる。大きな車=競馬場。まだ現役を引退してさほど時間がたっていないゲイルだけに、そう勘違いしてしまうのも無理はない。だがそれもゆるやかに時間が流れるトイトイファームの環境と、森田さんの愛情によって、徐々にリラックスしていくことだろう。

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森田さんと林さんとシルバーゲイル(提供:トイトイファーム)

 競馬を引退した馬たちの現実を知って号泣したあの日から、森田さんの人生に引退馬たちの命を繋ぎ輝かせようという新しい目的が加わった。そして森田さんは、次なる行動を起こした。

(つづく)


▽トイトイファームFacebook https://www.facebook.com/toitoinurumigawa

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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