「復帰して良かった!」女性騎手、涙の優勝

2020年03月17日(火) 18:00

馬ニアックな世界

▲大怪我から復帰してLVRを制した不屈の女王、岩永千明騎手

フランスのミカエル・ミシェル騎手(川崎)が電撃参戦で盛り上がりを見せた「レディスヴィクトリーラウンド(LVR)」。今年で4回目を迎える地方競馬の女性騎手による戦いで、今年は岩永千明騎手(佐賀)が総合優勝しました。表彰台では何度も涙を浮かべ、ミシェル騎手に慰められる場面も。

「LVRに参加したくて、復帰しました」と涙をこらえて話す陰には、競馬場の廃止、落馬による記憶喪失、大怪我から3年3カ月ぶりの復帰がありました。何度も長く暗いトンネルを経験しながらも、「天職」というジョッキーを諦めなかった不屈の女王のお話です。

競馬場の廃止、覚悟した引退

 佐賀県出身の岩永騎手がデビューしたのは熊本県の荒尾競馬場。お父様の勧めで高校生の時に長崎県の乗馬クラブに通い始めたことが騎手を目指すきっかけでした。

「そのクラブには西原玲奈騎手(当時、JRA)もかつて通っていました。先生たちと競馬場に玲奈さんの応援に行った時、初めて生で競馬を見て『カッコイイ!』と思いました」

 この乗馬クラブ、前回の当コラムで取り上げた白浜雄造騎手・白浜昭平調教助手ご兄弟も通っていた所。そこの先生から荒尾競馬場の調教師を紹介していただき、佐賀県出身ながら荒尾デビューとなったのでした。

 デビューから順調に成績を収める中、2007年に落馬で頸椎や脊椎、頭部などに大怪我を負いましたが、「騎手は天職だと思っていて、辞めようという気持ちはありませんでした。母はすごく心配していましたけど、私がまだ若くて『続ける』って意志が強かったので、すんなりOKしてくれました」

 半年ほどで復帰すると、2010年にはレディースジョッキーズシリーズで優勝するなど活躍を見せました。

 しかし、2011年末に荒尾競馬が廃止。

「女性騎手はなかなか受け入れてくれる競馬場がないんじゃないか、もう辞めるしかないんだろうな、と不安に思っていました」

 廃止競馬場から移籍するだけでも難しかった時代。ある程度覚悟を決めていると、所属する幣旗吉治調教師の弟である幣旗吉昭調教師が「一緒に佐賀に行かないか」と誘ってくれました。

「幣旗(吉治)先生も『お前はまだやれるから、2年間がんばってこい!』と後押ししてくださったんです」

 そうして佐賀へ移籍したのでした。

 ところが2016年3月。

 騎乗していた馬が向正面で故障し、馬場に投げ出された岩永騎手は頭部、頸椎、脊椎を激しく痛めてしまいました。2007年の落馬時より程度は重く、「今回は記憶障害がありました」。

 その次のレースが「人馬の救護に時間を要したため」取り止めになるほどでもあり、多くのファンや関係者が岩永騎手の容態を案じていました。

「心配してくださっているファンのみなさんに元気な姿を見せたいなと思いました」と岩永騎手がサプライズで公の場に姿を現したのは翌年1月。前年秋からスタートしたLVRの佐賀ラウンドで騎手紹介式に登場したのです。

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▲岩永千明騎手がサプライズ登場

 しかし、まだ記憶力は完全に復活しておらず、用意した挨拶は忘れないようにメモを読み上げながらで、歩くのもとてもゆっくりでした。

女性騎手たちに打ち明けた悩み

 そんな彼女が変化を見せたのは「お世話になっている厩舎が人手不足で」寝藁上げを手伝い始めた頃からでした。

 サプライズ登場から半年後、佐賀競馬場で再会すると、岩永騎手は見違えるほどシャキシャキと歩き、前回は覚えていなかった私の名前やエピソードを覚えてくれていました。そして、二人で返し馬を見ていた時、こちらから聞くでもなく、岩永騎手はこう言ったのでした。

「危険な仕事ですし、1頭の馬にはたくさんの方が携わっているので、ジョッキーは中途半端な状態で戻っていいような職業だとは思っていないんです。だから、今の私では戻っちゃダメと思うんです」

 それでも岩永騎手は毎年、騎手免許を更新し続け、調教にも少しずつ騎乗するようになりました。

 大きな転機は2018年10月7日に訪れました。LVR佐賀が行われたこの日、出場した女性騎手たちにレース後に会った時のこと。

 先輩の宮下瞳騎手に「年齢的に復帰できますかね?」と聞いたり、「背中のボルトをもう抜いてもいいと言われているんですが、そしたら3カ月は激しい運動ができないので、調教に乗れなくなってしまうので……」と悩みを吐露。

 それに対し、「復帰前のトレーニングは水泳が良かったよ!」「ボルトを入れたままだと、また落馬した時に危険なので抜いた方がいいと思います」などそれぞれが案を持ち寄り、最後にみんな口を揃えて「千明さんが復帰するのを待っています」と笑顔で締めたのでした。

「みんなに会うと、乗りたいなって思いますね」とポツリと呟いた岩永騎手はその後、ボルト除去手術を決断。医師と相談し、休養期間をなるべく短くして調教に復帰すると、昨年6月にはついに3年3カ月ぶりにレースに復帰したのでした。

 そして今年1月から開幕したLVR2020に出場。

 地元・佐賀ラウンド第1戦で見事、勝利を収めると「みなさんの声援が聞こえて、力になりました」と涙を流しました。

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▲佐賀ラウンド1戦目で勝利

「千明ちゃん、おめでとう!」と集まったファンから祝福と拍手が送られ、何度もお辞儀をしました。

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▲馬上で喜びを爆発させました

 この勝利で勢いに乗った岩永騎手は先週12日、名古屋競馬場で行われたLVR最終ラウンドを2、4着でまとめ、総合優勝を果たしました。

 優勝を聞いた瞬間、「え?優勝ですか?本当に!?」と涙が込み上げてきた岩永騎手。

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▲名古屋ラウンドでも上々の成績でまとめて優勝

「年齢を重ねたせいか、涙もろくなっちゃって」と照れ笑いを見せて、こう続けました。

「LVRは特別なレースで、私が『復帰したい!』と思うきっかけをくれました。そこで優勝ができたことがすごく嬉しいです。開幕の高知ラウンドでは『以前のように乗れないな……』とヘコんでいたのですが、佐賀ラウンドではみなさんの応援してくださる声がすごく聞こえてきて、『ここでがんばんなきゃいけない!』って思いました。佐賀ラウンドの後は普段のレースでもいい流れに乗れました」

 名古屋ラウンドは残念ながら新型コロナウィルスの影響で無観客となりましたが、表彰式を終えて帰る道中、空っぽのスタンドを横目に見ながら、「みなさん応援してくださっただろうなって思っていました。レディースは私たちにとって刺激あるレースなので、これからもずっと続いてほしいです」

 これまで何度も「もう引退しなくちゃいけないかもしれない」と思ったことがあると言います。それでも諦めなかった岩永騎手と、彼女に手を差し伸べてきた人々、そしてファンの声援によってLVR2020女王の称号を手にすることができました。

 来月には2名の女性騎手が地方競馬でデビュー予定。また、休業中の別府真衣騎手(高知)も復帰を目指し調教騎乗を再開しました。LVRの存在は女性騎手やその卵たちの大きなモチベーションにこれからもなっていくことでしょう。

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▲岩永千明騎手をはじめ、女性騎手の活躍から目が離せません!

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大恵陽子

競馬リポーター。競馬番組のほか、UMAJOセミナー講師やイベントMCも務める。『優駿』『週刊競馬ブック』『Club JRA-Net CAFEブログ』などを執筆。小学5年生からJRAと地方競馬の二刀流。神戸市出身、ホームグラウンドは阪神・園田・栗東。特技は寝ることと馬名しりとり。

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