プロのテレワーカーとして

2020年04月16日(木) 12:00

 新型コロナウイルス感染拡大防止のためテレワークが求められるようになり、家でテレビを見る人が増えているという。4月15日に放送された「徹子の部屋」のゲストは、直木賞作家の浅田次郎さんだった。浅田さんは競馬ファンとして、また、文士馬主としても知られている。毎週末、第1レースから最終レースまでびっしり現場、つまり競馬場でレースを見て、馬券を買う。それを浅田さんは「馬場に行く」と表現する。今は週末の過ごし方に困っておられるかもしれない。

 同番組に、浅田さんが直木賞を受賞した1997年に出演したときのVTRが流れた。今でも若く、昔からあまり変わっていないというイメージを持っていたが、23年前はぐっとスリムで、カッコよかった。

 私が浅田さんに初めて会ったのは、その3年前、1994年の2月の終わりだった。なぜはっきり覚えているかというと、その前週に行われた目黒記念について話したことが印象に残っているからだ。

 1番人気は岡部幸雄騎手(当時)のステージチャンプ。ハンデは57キロ。トップハンデの58.5キロを背負った武豊騎手のナリタタイシンは2番人気だった。道中後方に控えたナリタタイシンは、直線で大外から豪快に末脚を伸ばし、前をまとめて抜き去った。

 ともに「三強」を形成したウイニングチケットとビワハヤヒデを差し切った前年の皐月賞も見事だったが、それ以来の勝利となったこの目黒記念も鮮やかだった。

 出版社の会議室で、向かいの席に座った浅田さんはこう言った。

「今はあの馬が一番強えんじゃねえか」

 まだ20代だった私は、これほどコテコテの江戸弁を話す人を前にしたのは初めてだったので、それだけでも新鮮だった。

 そのナリタタイシンが、4月13日、繋養先の日高町「ベーシカル・コーチング・スクール」で世を去った。

「第2の馬生」の種牡馬としてはこれといった活躍馬を出すことができず、2003年からは功労馬として「第3の馬生」を過ごしていた。

 私が最後にその姿を見たのは2年前の春だった。ベーシカル・コーチング・スクールで育成されていたスマイルジャックの2頭の娘を見に行ったときだ。

 30歳の大往生だった。安らかに眠ってほしい。

 さて、これまで毎日会社に出ていた人が急にテレワークをするようになり、戸惑っているという書き込みをSNSなどでしばしば目にする。

 パソコンや通信環境などがクリアになっても、特に、公私の分け方をどうすべきかで悩んでいる人が多いようだ。

 私は、30年以上テレワークをつづけており、外出自粛要請がなされる前から1週間以上仕事場の外に出ないことも珍しくなかった。

 そんなプロのテレワーカーとして、テレワークで困っている人に、何かアドバイスできることがないか、考えてみた。

 まず第一にすべきことは、身なりのチェックだ。

 自宅にいるとはいえ、仕事をするなら、男はヒゲを剃り、女は化粧をする。テレビ電話で会議などをすることが当たり前になっているので、それはとっくにやっている、という人が多いかもしれない。

 そして服装。男はスーツとまでは言わないが、そのまま外に出て人に見られても恥ずかしくない格好にすべきだ。これは前出の浅田次郎さんの名言なのだが、「人は見かけによる」。競馬場で、ドンと大金を張って大儲けする人は、必ずスーツ姿だったり、ラフに見えてもジャケットを着ていたりする。それは、払い戻しで数百万円の札束を受け取るための準備でもある。ジーパンにトレーナーというスタイルでは、最初から、数百万円の払い戻しを諦めていることになる。だから、いかにも仕事をしているような服装にすることは、結構大事なのだ。

 公私の切り換えも、服装でやってみるといい。上着を替えるとか、ズボンをゆるいものに穿き替えるとか、外から見てわかる形で「仕事モード」を脱し、「プライベートモード」に切り換える。そうしているときは、家族や友人と仕事以外の話を自由にしてもいいという「マイルール」を設定するのだ。

 つまり、故・星野仙一氏のように、仕事の「ユニフォーム」を着ているときだけ別人になる、という癖をつけてみるのも、ひとつの方法だと思う。

 もうひとつ、大切なのは就業時間だ。リアルタイムで職場の人間と連絡を取り合う必要がなくなっても、出勤していたときと同じタイムスケジュールで動いたほうが絶対にいい。

 私は2000年代初めに読書サイトで「作家に聞こう」というインタビューコーナーを担当し、浅田さんを含む30人以上の有名作家に話を聞いた。そのさい必ず一日のタイムスケジュールを聞いたのだが、天童荒太さんのように、深夜に行われる犯罪のおどろおどろしい場面を書いている人も、例外なく、朝早く起きて、昼型のタイムスケジュールで仕事をしていた。「型」から入ることも大切だと思い、私もそのころから昼型に切り換え、どうにか食えるようになった。

 特に長編を書いている作家の場合、いつも同じテンションで書かないと、あとで見直したとき大きく修正することになってしまうからそうしている、という部分も大きい。が、大前提として、人間は、決まった時間に、それもできれば昼間に活動するほうが、何事も効率よくこなせるようにできているのではないか。

 サラリーマンが毎朝定時に出勤することは理に適っているのだ。だからこそ難しいのを承知のうえで言うと、感染拡大防止のためには、どうしても出社しなければならない人が混雑時を避けた「時差出勤」ができるよう、責任あるポストにいる人が対処すべきだろう。テレワークは定時、出勤は時差。

 いつもながらとりとめのない話になってしまったが、テレワーク、頑張りましょう。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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