SNSの匿名性と責任

2020年05月28日(木) 12:00

 緊急事態宣言は解除されても、競馬場やトレセンでの取材制限はつづいている。もともと長距離の移動をともない、多くの人が集まる業態なので、まだまだ油断はできない。「平時」に戻るのは、年を越す覚悟をしなければならないのかもしれない。

 今、netkeiba.comのステイホーム企画「#おうち競馬」のコンテンツになっている、カメラマンによるオンライン写真展「STAY HORSE展」は、とてもいい企画だと思う。ダービーに絡めた「とっかかり」もいいし、作品の凝った見せ方もウェブならではだ。

 単発で終わらせるのはもったいない。「netkeibaミュージアム」のような形で、久保田政子さん、武藤きすいさん、河野千晴さんといった馬の画家たちによるオンライン絵画展もやってみてはどうだろう。

 さて、ステイホームのコミュニケーションツールとして、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのSNSを利用する人が多くなるなか、悲しい事件があった。民放のテレビ番組に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなった。22歳だった。亡くなる前、出演していた番組に関してSNSで激しく中傷されていたという。

 これを機に、高市早苗総務大臣は、悪意のある匿名の発信者の特定を容易にできるよう制度改正を検討する考えを示した。年内にも具体案を取りまとめ、インターネットで中傷を受けた被害者が発信者の情報開示を請求できるプロバイダ責任制限法について、請求手続きの簡素化や開示情報の拡充などを進めるという。

 SNSを含めたインターネットはすべて実名で行わなければならない、という制度であれば、今回のような事件は起きなかったかもしれない。しかし、日本が自由主義国であることをやめない限り、ネットの実名制が導入されることはないと思われる。

 匿名で他者を誹謗・中傷する人は、それが卑劣だとか、恥ずべきことだとは思っていないようだ。モラルに訴えることの限界を多くの人が感じているから、法改正に向けて動き出したのだろう。

 誹謗・中傷ではなくても、他者を批判したり、声高に主義・主張を叫んだりするときも匿名を隠れ蓑にする人は多い。責任は取りたくないが意見は言いたいという人にとって、匿名性というのは実に都合がいい。

 確かに言論は自由だ。が、それに対して、言葉を投げられた側が、言論や、法に則った措置で応ずるのも自由だ。つまり、言論の自由というのは、「責任を伴った言論の自由」が保障されている、と考えるべきなのだ。

 プロバイダ責任制限法の改正により、発信者の情報開示を迅速に行うには、その発言を掲載した媒体(SNSの場合は事業者)の責任も明確に問う形にすることが必要ではないか。

 もし発信者の情報を開示しなければ、その訴えで生じた刑事罰や、民事上の損害賠償などを掲載媒体(事業者)が受けなければならない、というルールにすれば、どこもすんなり発信者の情報を開示するだろう。ろくにチェックもせず、人を貶める発言を野放しにしておいた媒体(事業者)も当然責任を問われるべきだ。雑誌などは昔から当たり前にすべての掲載文に関する責任を取っている。

 そうなれば、被害者は、民事・刑事両面の訴えを起こすにあたり、発信者の所在がわからなくても、弁護士からの内容証明郵便をその発言の掲載媒体(事業者)に送ればよくなる。内容証明の送付が訴訟の第一歩であるから、今より早い時期に対抗措置を講じて、戦うことができる。

 また、被害者本人だけではなく、第三者も発信者情報開示を請求できる仕組みにすることも必要ではないか。

 匿名性を排除しすぎると、巨悪の暴露などがされにくくなるのではないかと心配する向きもあるかもしれない。が、メディアには「取材源の秘匿」の原則がある。責任ある、正しい発言をした人は守られるようになっている。

 と、あれこれ書いたが、我ながら、あまり気持ちのいい文章ではないと思う。

 要は、「発言には責任を持つべし」ということに尽きるのだが、誰だって失言はするし、感情的になって、本意ではないことを口走ることもある。

 おそらく、法改正によって、今より発信者を突き止めやすくなるだろうが、指摘されてすぐに消去したたうえで謝罪した人は罪に問わないなど、緩さも必要だろう。

 また、匿名性に関しては、例えば、顔と名前を出すのは恥ずかしいが、楽器の練習をした成果をネットで発信してみたい、というような人までNGにしてしまうのは、やはりおかしい。

 せっかくのダービーウィークなのに、暗い話になってしまった。

 東京でも、今週から営業を再開した飲食店が多くなり、私も1970年代のバックナンバーを見せてもらうため「優駿」編集部に行くなど、久しぶりに仕事で外出した。

 今も、外はスカッと晴れている。なのに、どこかに行きたいとは思わなくなった。「自粛疲れ」が、いつの間にか「外出忌避」になってしまったように感じているのは私だけだろうか。

 周囲の状況だけでなく、自分自身の感覚も、元に戻るには時間がかかりそうだ。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第5弾『ファイナルオッズ』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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