2020年06月04日(木) 12:00
「コビさん」こと小桧山悟調教師によると、2008年のスプリングステークスなどを勝ち、日本ダービーで2着になったスマイルジャック(セン15歳、父タニノギムレット)が、今週、千葉から北海道に移動することになったという。
繋養先は、発表できる段階になったらここに記したいが、その前に、ネット検索などでわかるようになると思う。
スマイルは、乗馬を引退し、これからは功労馬として余生を過ごすことになる。
第1の馬生は競走馬、第2の馬生は種牡馬、第3の馬生は乗馬だったので、これからは第4の馬生を歩みはじめるわけだ。
大学の馬術部にいたころは、取材申請しても担当者から返事がなかったりとアクセスしづらくなっていたが、公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル(JAIRS)が管轄する功労馬となるので、会いに行きやすくなる。
コビさんと長電話をすると、やはり、3月に亡くなった競馬エッセイストのかなざわいっせいさんの話になる。
スマイルの話がひととおり終わったとき、コビさんが言った。
「ほら、いっせいと島田君と3人で折手さんのところ(折手正義牧場)に行って、温泉に泊まったじゃない。いつか、あのことを書いてほしいんだよね」
あれは確か1990年だったので、ちょうど30年前のことだ。当時コビさんは畠山重則厩舎の調教助手で、かなざわさんはコビさんの家に居候していた。
私たちは3人で北海道に行った。主な目的は、かなざわさんの牧場取材だった。どういういきさつだったかは忘れてしまったが、私も、その取材に同行することになったのだ。
行きの飛行機で、たびたび羽田-千歳間を行き来するコビさんをスチュワーデスが覚えていたことや、途中でコビさんの行きつけの寿司屋に寄ったこと、かなざわさんが働いていた川上牧場の放牧地で当歳馬を撫でたこと、生まれて初めて当歳馬を曳いたら思いのほか力が強くて驚かされたこと、また、どこの牧場だったかは忘れたが、そこで飼っていた小型犬が喜んで走り回り、鎖が馬の脚に引っかかって危うく蹴られそうになったことなどが、懐かしく思い出された。
あれがかなざわさんにとって、ライターとしての初めての牧場取材だったということを、30年経った今、私は初めて知った。
かなざわさんは、取材対象と向き合い、メモを取らずにインタビューしていた。折手さん夫妻とテーブルを囲み、普通に馬談義をしているだけ、という感じだった。
「おれはメモを取らないことにしているんだ」
かなざわさんがそう言うと、コビさんが頷いた。
「そのほうが相手も自然に話せるよね」
当時も今も、せっせとメモを取る私は黙っていた。
話しながら、取材者の手元を見る取材対象は実に多い。私がメモをして、その言葉にアンダーラインを引くのを見て、言葉に勢いが増すこともある。
また、メモをすることによって、私はあなたの話をきちんと聞いていますよ、と伝えることができる。
今、メモを取らずに話を聞くときは、ICレコーダーを回すことになる。そうすると当然、取材対象を慎重にさせる。かなざわさんがしていたように、メモも取らず、録音もせずに向き合うときとは、出てくる言葉や、話すときの表情なども違ってくるだろう。
もう少しメモの功罪について話をつづけたい。
メモを取ると、脳が安心するのか、記憶にとどまりにくくなるのは確かだと思う。
それでも私は、メモを取りながら次々と質問していくやり方のほうが自分には合っていると、若いころから思っていた。質問コンテもしっかりつくるので、それを見ながら取材することになる。いわゆる「努力型」の人間は、絶対にこちらのほうがいい。自覚している努力型、と言うべきか。自覚しているので、目で見てわかるメモや資料の蓄積も、充足感やモチベーションにつながるからだ。
逆に、かなざわさんのような「天才型」には、メモは似合わない。
「来た球を打つ」というやり方でヒットを打てる人はそれでもいいが、私のように、あらかじめ「狙い球を絞る」というやり方でないと不安なタイプは、天才型を気取らないほうがいい。
緊急事態宣言が解除されたと思ったら、東京アラートなるものが発令された。今月、スマイルに会いに行けるだろうか。まだまだ、我慢の日はつづく。
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島田明宏
作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。 関連サイト:島田明宏Web事務所
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