「ファンであり娘であり、最後はおばあさんでした」一人の男性とポジーの物語(4)

2020年10月20日(火) 18:00

第二のストーリー

北海道の夕焼けとポジー(提供:Y.Hさん)

やきもちを妬くポジーも…たまらなく愛おしい!

 繁殖としての役目を終えたポジーは、Y.Hさんに引き取られた後も、田端牧場で過ごしていた。愛馬となったポジーに会いに、Y.Hさんは田端牧場に足繁く通った。離乳後の当歳と一緒に放牧されて、その馬たちのリードホースの務めも果たしながら、繁殖引退後の余生をゆったりと過ごしていた。Y.Hさんによると、ポジーは誰かが放牧地に訪ねてきても、人の近くに寄ってこない馬だったという。

「基本ツーンとしているタイプでした。だから長期戦でしたね。牧場さんの許可をもらって作業の邪魔にならないようにして、ポジーのもとに通いました。気が向くとフラッと近くに来ることもあったので、その時に写真を撮ったりしていました」

 牧場通いが長くなるにつれ、馬との接し方を身につけていたY.Hさんは、田端牧場では放牧地の中にも入って良いという許可をもらっていた。それまでもっぱら柵の外から見ていたY.Hさんとポジーとの距離が段々縮まってきた。

 Y.Hさんの愛馬になってからは、会いに行く時には必ず人参とお手入れ用のブラシを持参した。

「向こうが見つけて、あっ! お手入れ要員が来たという感じでしたね。お手入れの時には、かゆいところを自分でアピールするんですよ。こっちかゆいよ、そこだよーって。それがとても可愛いかったですし、とても頭の良い馬だったと思います」

第二のストーリー

「はやく! ブラッシングして!」と催促するポジー(提供:Y.Hさん)

 ある時、こんなこともあった。

「田端牧場にはとても食いしん坊な繁殖牝馬がいたのですけど、放牧地に行ったらポジーが寄ってくる前にその馬が近くに来たんですよね。それで人参をくれくれとしつこく催促するんです。その後ろからポジーがトコトコ近づいてきていたのですけど、しつこいからとその馬に先に人参をあげたんですよ。そうしたらポジーの足がピタッと止まって(笑)。

 その後は呼んでも来ないし、人参あげるよーって目の前に出しても食べないんです。ブラシは何となくさせるんですけど、いつもなら気が済むまで僕のそばにいるのが、その時は背中を向けてトコトコ遠ざかっていきました。拗ねていたんでしょうね(笑)。恐らく一晩寝て機嫌がなおったのか、次に行った時は大丈夫でしたけど」

 やきもちをやいて拗ねているポジーも、Y.Hさんは愛おしくてならなかったようだ。

 繁殖引退後もポジーは概ね元気に過ごしていたが、脚は徐々に弱ってきており、晩年は暖かな日差しを浴びて放牧地で気持ち良さそうに眠っている姿にもよく遭遇した。

「放牧地で横になってお昼寝中に、僕が近づいていってもウトウトしていましたよ」

第二のストーリー

気持ちよさそうにお昼寝…(提供:Y.Hさん)

 2016年の夏を無事に越したポジーだったが、10月頃から急に衰えが見え始め、毛ヅヤも悪くなった。そして11月に入り、ついに起立不能になってしまった。

「ポジーの調子が悪くなった頃、ちょうど東京の実家に帰省していたんです。馬房で起き上がれなくなったと連絡が来て、北海道に戻って牧場に行ってみると、ポジーの目がとてもきれいだったんです。僕の勝手な解釈なのかもしれないですけど、その目を見てポジーは諦めたのかなと感じました」

 立てずにいるポジーを生かし続けるのが、必ずしも馬にとって幸せとも限らない。田端牧場側からも今後の処遇について相談を受けたY.Hさんは、「一晩考えさせてください」と返事をした。ずっと応援してきたポジー。母親になったポジー。愛馬となったポジー。Y.Hさんとポジーには、積み重ねてきた年月があった。その一晩は、どのような時間だったのだろう。ポジーとのたくさんの思い出がたくさん蘇ってきたのだろうか。想像すると切なくなる。

 そしてY.Hさんは、ポジーが1番楽になる方法を取ることを決断した。それがY.Hさんが一晩かけて出した答えだった。

 ポジーは翌日、獣医師により安楽死の処置が取られ、Y.Hさんの膝の上で息を引き取った。

「最初はファンであり、娘であり、最後はおばあさんでした。一緒に年を取ってきたのが、途中から自分だけ置いていかれるのはやはり寂しいですね」

第二のストーリー

ポジーが過ごした最後の夏に撮ったこの写真は遺影に使われているそう(提供:Y.Hさん)

 ポジーが天国へと旅立ってから、およそ4年弱の歳月が流れた。

「このコラムでポジーにスポットが当たり、多くの方がポジーを思い出してくださったり、ポジーという馬を知っていただけることが、何より嬉しいです」

 今なおポジーへの愛情は、変わらないままだ。Y.Hさんの心の中に、ポジーは永遠に生き続けている。

(了)

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佐々木祥恵

北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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