久しぶりの大井競馬場

2020年11月05日(木) 12:00

 11月3日、火曜日の文化の日。JBC4競走のうち3競走が行われた大井競馬場に行ってきた。

 大井競馬場に行ったのは久しぶりで、考えてみれば、今年初めてかもしれない。

 地方競馬は取材規制が解除されつつあると聞いていたのだが、このところすっかり遠慮癖がついてしまった。自宅兼事務所からクルマで10分の近場とはいえ、取材申請するのはどうもためらわれた。春ごろ盛んに、人との接触を8割減らすよう国や自治体から言われ、人目を気にして外出した感覚が抜け切っていないのは、私だけではないはずだ。

 それでも、今年のJBCは史上初の2場開催で、クラシックとスプリントは第20回、レディスクラシックは第10回、門別の2歳優駿は第1回という節目である。また、スプリントでは藤田菜七子騎手がGI初制覇を狙い、クラシックではクリソベリルが国内無敗をかけて走り、大井での3競走すべてに矢作芳人調教師が有力な管理馬を送り出すなど、見どころも多い。

 さらに、大井の第6レース終了後には、騎手として初めて黄綬褒章を受章した的場文男騎手の報告会があるという。

 ここまでスペシャルな一日なら、なるべく滞在時間を短くしたうえで見に行くぶんにはバチが当たらないだろう、と、出かけることにした。

 実は先日、JRAの競馬場に行く機会があったのだが、そのときと同じことを感じた。

 人間の生活圏のなかに巨大なスタジアムがあり、この日に向けて鍛練されてきた高価なサラブレッドのピカピカの馬体と、伸びやかな走りを目の前で見ることができる。

 30年以上ずっと見つづけてきたその光景を久しぶりに目の当たりにし、寝藁の匂いを感じ、かろやかな蹄音を耳にすると胸が高鳴った。

 と、カッコつけて書いたが、平たく言うと、直線を走る馬たちを見ただけで感動してしまった。

  競馬場っていいものだな、とあらためて思った。特に、大井は、徒歩10分の立会川に住んでいたこともあるだけに、「再会」した喜びがひときわ大きかった。

 黄綬褒章受章報告会に現れた的場騎手は、壇上に立つ前も上がってからも、何度も客席に頭を下げた。黄綬褒章は、農業、商業、工業などの業務に精励し、ほかの人々の模範となる技術や事績を有する者に授与される。的場騎手は、競馬の発展に貢献し、畜産振興に寄与したことが認められた。

「大井競馬場はこれからもずっとつづいていきます。不滅です。大井競馬場にご声援のほど、よろしくお願いします」

 マイクを手に、いつもどおりのかすれた声でそう話した。つねに自分以外の誰かのために戦っているから、この人の騎乗は見ていて気持ちがいいのだろう。

 なお、12月9日、水曜日に受章の祝賀イベントを実施するのだが、大井競馬場は事前申込制による限定入場がつづいており、ネットでも楽しめる企画を予定しているという。

 JBCは、4競走すべてが素晴らしいレースだった。なかでも個人的に嬉しかったのはスプリントだ。

 勝ったサブノジュニア(牡6歳、父サウスヴィグラス、大井・堀千亜樹厩舎)は、親しくしている新ひだか町の藤沢牧場の生産馬で、これが同牧場生産馬による初のGI勝ちとなった。

 代表の藤沢澄雄さんと奥様の雅子さん、息子でエバグリーンセールスコンサイントメント代表でもある亮輔さんの3人と、表彰台の近くで会うことができた。

 澄雄さんは道議会議員でもあり、東日本大震災の被災馬に関して2011年に取材して以来、いろいろお世話になっている。雅子さんと亮輔さんには、競馬ミステリーを書くとき、ブレーンのような形で知恵を借りている。

 馬券は獲れなかったが、3人と喜びを分かち合うことができ、来てよかったと思った。

 クラシックを勝ったクリソベリルも強烈だったが、サブノジュニアも強かった。道中は抜群の手応えで中団につけ、直線で前があくと、馬場の真ん中から豪快に伸びて突き抜けた。この馬だけでなく、地方馬のレベルが全体的に底上げされてきたことは間違いないようだ。

 それが証拠に、スプリントの着順は、出走馬16頭のうち1着から13着まで、見事に地方と栗東の馬が交互に並んでいる。上位は全部中央の馬という時代は終わり、私が競馬を始めた1980年代のように、いつ地方から大物が出ても驚かない時代になりつつあるのだろうか。だとしたら面白い。

 サブノジュニアは、3代母サニーモーニングから藤沢牧場で繋養して誕生した馬だ。5代母セックスアピールはアーモンドアイの3代母でもある。サブノジュニアによるJBCスプリント制覇は、サウスヴィグラスとの父仔制覇のみならず、ブリーダーの夢と願いがひとつの答えに至った瞬間でもあったのだ。

 藤沢さん親子も、キャロットファームの秋田博章代表も、リポーターの高橋華代子さんも、秋田奈津子さんも、角刈りにした私にすぐには気づいてくれず、マスクを下げて顔を見せたらようやくわかってくれた。かと思えば、2年ぶりに会ったPR会社の人や、帰り際にすれ違った武豊騎手はすぐに気づき、チラリと私の頭に目線を移して微笑んだ。

 実は、角刈りにしたのには個人的な事情があるのだが、それは本稿の注目数が50以上になったら、いつかネタとして書くことにしたい。

 JBCの前日、アンドロイドのスマホをクルマのドアに挟んでひん曲げ、壊してしまった。それでiPhone12に機種変更したのだが、通話履歴をタップしただけで発信されてしまうことを知らず、さっき大井競馬場の広報に3度も電話をかけてしまった。ご迷惑をおかけしました。

 JBC当日、大井競馬場の入場者は777人、門別は240人だった。平時にはほど遠いが、ゼロとの違いは大きい。辛抱するしかない。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。ノンフィクションや小説、エッセイなどを、Number、週刊競馬ブック、優駿ほかに寄稿。好きなアスリートは武豊と小林誠司。馬券は単複と馬連がほとんど。ワンフィンガーのビールで卒倒する下戸。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』など多数。『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』で2011年度JRA賞馬事文化賞、小説「下総御料牧場の春」で第26回さきがけ文学賞選奨を受賞。netkeiba.com初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリー『ノン・サラブレッド』。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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