四位調教師が証言「ステッキのあの一撃! 馬に強いメッセージを送ってる」【名手の魅力 第2回】

2021年06月24日(木) 18:02

ノンフィクションファイル

▲馬乗りの達人・四位調教師が語る、ルメール騎手の騎乗技術 (撮影:山中博喜)

5月16日の東京9RでJRA通算1400勝を達成したクリストフ・ルメール騎手。武豊騎手の記録を上回る、史上最速での達成となりました。今週末の宝塚記念ではクロノジェネシスの騎乗を控え、さらなる注目を集めています。

そこで今回、ルメール騎手にゆかりのある競馬関係者3名が登場し、それぞれのテーマからその魅力を証言。

昨日のミシェル騎手につづき本日登場するのは、四位洋文調教師。かねてから「ルメール騎手の騎乗フォームは教科書に載せたほうがいい」と発言。技術面から、そのスゴさを証言します。

(取材・構成=不破由妃子)

ルメール騎手の技術が最もいきる競馬場は…

──以前、ルメール騎手が直線で追っている姿を見て、「競馬学校の教科書に載せたほうがいい」とおっしゃっていたそうですね。

四位 言いました。なぜなら、ものすごくシンプルでカッコいいから。これまで(武)豊さんの追っている姿がいろいろな媒体で紹介されてきましたが、クリストフも同じです。とにかくキレイでシンプル。だからこそ、馬があれだけ動くのかなと思いますし。

ノンフィクションファイル

▲「教科書に載せたほうがいい」理想的な騎乗スタイル (撮影:下野雄規)

──実はシンプルに乗ることが一番難しいことだったり?

四位 難しいです。誰もができることではない。なぜかというと、たとえば勝ち負けの接戦になった場合、どうしても焦ったり慌てたりして冷静に乗れなくなるジョッキーが多いと思います。そうなると、普段のフォームが崩れてしまうケースが多いですよね。

──みなさん、そうおっしゃいますよね。追求するフォームがあったとしても、直線で勝ち負けになったときには気にしていられなくなると。

四位 そう、どうしてもね。でも、僕が知る限り、クリストフがバタバタしているのを見たことがないような気がします。

 あと、彼がすごいのは、待てること。とにかく待つ。直線に向いても、前の馬の後ろに入れていることが多いでしょ? 普通だったら、早く進路を確保して追い出したくなるところだけど、彼はギリギリまで馬の後ろにいる。で、最後の1ハロン過ぎにシュッと横に出して、「さあ、行こう」と。

 馬って、そのほうが伸びるのは確かなんです。人間も、ずーっと地平線を見ながら走るより、誰かの背中を見ながら走っているほうがしんどくないでしょ?

──なるほど。脚をタメつつ、馬の心理面にも作用しているわけですね。

四位 そう思います。とにかく彼は焦らないよね。ゴール前で接戦になっても上体が動かないし、残り1ハロンくらいで鞭をバチーンと打って、シュッとスマートに勝つ。馬も気持ちよさそうに走ってるように見えます。でもね、あのステッキの一撃は効いていると思う。クリストフのステッキは、馬に強いメッセージを送ってる。

──そこもまた興味深い。

四位 今は叩き過ぎると制裁になるけど、それでも連打する騎手もいるじゃないですか。ああいう打ち方は、一撃がそれほど重くない。

 でも、クリストフの場合、さっきも話したように残り1ハロン過ぎに横に出して、そこからバチーン! といく。「さあ、行くぞ!」というのが馬に伝わるというか、そのタイミングも含めて、すごく効果的なんじゃないかと思いますね。

──道中の技術で特筆すべきことはありますか?

四位 道中も、ひたすらシンプルだと思いますよ。ガリガリとポジションを取りにいくわけでもなく、どの位置であろうと流れに乗っている。それでいて、動くところでは動く。

──動きたいところで動いて、止めたいところで止める。あのあたりもルメール騎手の技術ですよね。

四位 動くと決めたらサーッと動きますよね。ただやっぱり、僕は彼の「動かない」精神力に目を奪われることが多いです。クリストフを見ていて、どこの競馬場が一番上手いと思いますか?

──ん〜、東京競馬場ですかね。

四位 そう答える人が多いと思いますけど、僕は中山だと思うんです。とくに芝のレースですね。

 東京は直線も長く、紛れがないので、力のある馬が結果を出しやすいという特徴がありますが、いっぽうの中山コースは、本当に仕掛けどころが難しくて、騎手にとっては難解な競馬になりやすい。レース展開によっては早く動きたくなるわけですが、クリストフは動かない。動きたくても我慢しているのがわかります。

 GIや重賞に限らず、条件戦などで多々そういう上手さを見せている。レースを俯瞰で見ているというか、本当に冷静だなと思います。まぁトップジョッキーは、みんなどこの競馬場でも上手いんですけどね(笑)。

──返し馬や輪乗りの際のルメール騎手はどうですか? なにか特別な準備をしているのかなと思って。

四位 ちょっとズブい馬に対しては、ポケットで気合いを乗せていることがありましたね。ああ、工夫しているんだなぁと思って見ていました。

──それはどんな工夫ですか?

四位 フランス語でぶつぶつ馬に話しかけてた(笑)。

──なんかかわいい(笑)。今日、お話を聞いて、シンプルに乗ることがいかに難しいことかがわかりました。それこそがルメール騎手のすごさだと。

四位 シンプルに乗ることは、本当に難しいですからね。それができるのは、やっぱり冷静だからだろうし、もともとクリストフは調子に波がない。カーッとすることがないんですよ。それは本当に大きいと思う。あと、自分の馬を最後まで信じているような気がします。

ノンフィクションファイル

▲自分の馬を最後まで信じているのも伝わってくるという (撮影:下野雄規)

──近づこうにも、なかなか近づけない領域ですよね。

四位 騎乗フォーム自体は、何度も言うように本当にシンプルだから、真似をしやすいというか、お手本として最高なんですけどね。同じように乗れるかどうかは気持ち次第。すごく難しいことではありますが、若い子にはぜひ目指してほしいなと思ってます。

(文中敬称略、明日はM.デムーロ騎手が登場します)

バックナンバーを見る

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

netkeibaライター

netkeiba豪華ライター陣による本格的読み物コーナー。“競馬”が映し出す真の世界に触れてください。

関連情報

新着コラム

コラムを探す