生家ともお別れ。人馬ともに変わる秋

2021年09月23日(木) 12:00

 伯母の葬儀と都内での取材を終え、また札幌の生家に来ている。来週月曜日、9月27日に業者が家具などの残置物を運び出し、私が父名義車を買取業者に持って行けば、ここは私の生活拠点ではなくなる。買い主への引き渡しは30日である。

 生家でこのエッセイを書くのも、今回が最後になってしまった。

 私はこの土地で生まれ育った。幼少期は札幌市琴似町発寒という住所だったのだが、札幌に区制が敷かれて西区発寒となり、その後、手稲区新発寒となった。場所は変わっていないのに、住所だけが2度変わった。現在の住所に変わったときはここに住んでいなかったので、郵便番号も番地も、なかなか覚えられなかった。

 南に手稲山が見え、すぐ北を下手稲通りという大きな通りが走っている。札幌競馬場まで、スムーズなら15分もドライブせずに着く。ここから家の車を運転し、札幌競馬場のほか、門別競馬場や帯広競馬場、日高の馬産地や、岩内の養老牧場「ホーストラスト北海道」などに何度行ったことだろう。

 本稿がアップされる木曜日も、新冠と安平に行ってくる。

 2009年の1月に父が脊柱管狭窄症で入院してから、しばしば介護帰省するようになった。あれから12年と9カ月。

 人間の細胞は7年ですべて入れ替わると言われている(諸説あり)。すでに一度すっかり入れ替わっているのかもしれないが、これを機に、何かを大きく変えてもいいのかもしれない。

 ダービー馬シャフリヤールが今週末の神戸新聞杯に出走を予定している。福永祐一騎手は、毎日杯の1800mからダービーの2400mに距離が延びるのはいいと思っていた、と話している。はたして、この先、2400mから3000mに延びるとどうなのか。陣営は、神戸新聞杯の走りによって、その後の路線を決めていくのだろうか。

 ダービーでハナ差の2着に惜敗した皐月賞馬エフフォーリアは、天皇賞・秋から有馬記念に向かうという。

 能力の高い3歳の牡馬は、春の時点で最大目標をダービーとするか、NHKマイルカップとするかで分かれる。そして、秋になると、ダービーを目指した馬たちが、そのままクラシック路線を進むか、天皇賞・秋に目標を変えるかで、また分かれる。

 前にも書いたが、秋は、サラブレッドの世界で、進路が大きく変わる季節である。

 牧場で母馬と一緒にいた当歳馬は離乳し、同世代の仲間たちと同じ放牧地で過ごすようになる。1歳馬は、背中に人を乗せるための馴致を始める。そして、2歳馬は、競走馬になるための心身の準備が整ったら、トレセンの厩舎に入厩する(とっくにデビューしている同期の馬もたくさんいるが)。

 いっとき、人間界の日本でも導入が検討された「9月新学期」を、馬たちは、ずっと前から実施しているのである。

 天皇賞・春を連覇したフェノーメノが種牡馬を引退し、追分ファームのリリーバレーに移動したという。

 その一方で、種牡馬となることが決まっていたタニノフランケルが繋養先のレックススタッドに到着したという報せが届いた。

 高田潤騎手が自身のツイッターで、くも膜下出血のため入院したことを公表した。原因がわからないというのが嫌だが、ゆっくり、しっかり治して、また元気な姿を見せてほしい。

 40歳の高田騎手より30歳上の伊集院静さんも、昨年の1月にくも膜下出血で倒れて入院したが、その後手術を受け、後遺症もなく、執筆活動を再開している。

 私たちファンにできるのは、心配することぐらいだが、回復を祈っている人がたくさんいるという事実を支えにして、病気と戦ってほしい。

 雨が上がった。本稿がアップされる木曜日がお彼岸の中日だ。この原稿を送ったら、両親が眠る、近くの寺の納骨堂にお参りに行こう。

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島田明宏

作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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