早くなる出産と交配

2006年03月07日(火) 23:51

 かつて1月から2月というのは、生産牧場にとっては「農閑期」であり、休息の期間でもあった。それが最近は、必ずしもそうではなくなりつつある。出産がどんどん早くなっていることと、出産した繁殖牝馬に初回発情から積極的に種付けする傾向が顕著になっているためだ。

 馬の妊娠期間は11ヶ月。つまり今年3月1日に種付けをして受胎した場合、来年の出産予定日は便宜上2月1日と設定される。理論的には出産後10日前後で訪れる初回発情の周期に種付けをして、無事受胎が確認できれば翌年は出産予定日が20日ほど早くなって行く計算だが、なかなかそう簡単にはことが運ばない。初回発情で受胎しない場合も多いのだ。

 2月に入るや否や、一部の大手牧場などは、積極的に種馬場へ通い出す。ある程度以上の繁殖牝馬頭数を抱えるところは、種付けを後回しにすればするほど4月から5月にかけてのピーク時に種付けが集中してしまうことから、「とにかく付けられる馬からどんどん付けて行く」ことになるわけである。

 一方、種牡馬の方にも事情がある。近年は特定の種牡馬に、より人気が極端に集中してしまう傾向が顕著になったことから、早い時期からの交配はむしろ種馬場にとっても歓迎なのである。2月から3月くらいにかけてある程度の数をこなしておかなければ4月から5月のピーク時には殺人的なスケジュールとなってしまう。早朝、朝、昼、夕方、夜、と1日5回の交配をこなす日々が続くことになり、いかに種牡馬といえどもスタミナ切れに陥ってダウンする可能性もあるし、“仕事”の最中に発情の良くない繁殖牝馬からケリを食らって交配業務を中止しなければならない事態も起こり得る。

 そうした多頭数交配をこなす人気種牡馬は、あくまでも一部だが、大半が社台スタリオンで繋養されている。もうすでに2月から社台は種付けシーズンのピークに達しているかのごとき光景だそうである。

 主要な種牡馬の昨年度の種付け実績が、「スタリオンレビュー2006」(サラブレッド血統センター発行、非売品)という小冊子に詳しく載っている。社台スタリオンを例にとると、人気どころでは、アグネスタキオンが185頭中、2月末までの出産予定日になっている繁殖牝馬は45頭(以下同様)。キングカメハメハが244頭の交配で75頭。クロフネは179頭中39頭。ゴールドアリュールが189頭中22頭。サクラバクシンオーが147頭中37頭。ジャングルポケットが153頭中35頭。シンボリクリスエスが226頭中71頭。スウェプトオーヴァーボードが153頭中30頭。スペシャルウィークが234頭中56頭。タニノギムレットが128頭中37頭。ダンスインザダークが215頭中64頭。トワイニングが114頭中33頭。ネオユニヴァースが228頭中60頭。フジキセキが185頭中32頭。フレンチデピュティ152頭中41頭。ホワイトマズル176頭中42頭。マンハッタンカフェ221頭中45頭。ざっとこんな感じだが、中でもキングカメハメハとシンボリクリスエスの“早生まれ傾向”が著しい。

 その一方で、社台以外の(日高の)種牡馬は配合頭数がそれなりに多くても、出足はあまり早くない。以下、具体例を列挙してみると、アグネスデジタルは189頭中29頭。イーグルカフェは128頭中19頭。キングヘイロー127頭中16頭。サウスヴィグラス124頭中9頭。サクラプレジデント106頭中7頭。ジェニュイン144頭中0頭。ステイゴールド146頭中27頭。タイキシャトル134頭中34頭。ティンバーカントリー158頭中20頭。ニューイングランド160頭中16頭。バブルガムフェロー157頭中19頭。フサイチコンコルド103頭中12頭。プリサイスエンド128頭中13頭。マイネルラヴ151頭中24頭。マヤノトップガン117頭中17頭。マーベラスサンデー162頭中21頭。ワイルドラッシュ127頭中33頭。100頭以上の配合頭数を記録した種牡馬だけピックアップしてみたのだが、非社台の種牡馬とはいっても、この中には“元社台スタリオン繋養種牡馬”も数頭いる。

 改めて比較してみると、種牡馬1頭あたりの配合頭数の違いもさることながら、社台スタリオンの交配事業が日高よりもかなり早目から本格的に始動していることが歴然としている。

 そして、もう一つの注目すべき点は、総じて人気の高い種牡馬ほど、社台グループの繁殖牝馬が早いうちから種付けを開始していることだ。

 先に挙げた社台スタリオン繋養種牡馬を配合し、2月末までに出産予定日を迎える繁殖牝馬の中で、社台グループの繁殖牝馬の占める割合は非常に高い。アグネスタキオンは45頭中29頭。キングカメハメハは75頭中33頭。クロフネは39頭中25頭。ゴールドアリュールは22頭中8頭。サクラバクシンオー37頭中18頭。ジャングルポケットは35頭中24頭。シンボリクリスエスは71頭中36頭。スウェプトオーヴァーボードが30頭中14頭。スペシャルウィークは56頭中22頭。タニノギムレットは37頭中15頭。ダンスインザダーク64頭中31頭。きりがないので後は省略するが、だいたいの傾向はこれで掴んでいただけたものと思う。やや乱暴に言うと、2月末までの早生まれの繁殖牝馬のうち、半分は社台グループで占められていることになるのである。のみならず、さらに絞り込んで1月予定日の繁殖牝馬に限定してみると、この「社台割合」がさらに上昇するようだ。

 かくして、社台スタリオンでは早々と2月の段階から配合申し込みが予定頭数に達して「満口」となる種牡馬が続出という著しい偏りが近年より顕著になってきているのである。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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