浦河で再出発を期すオンファイア

2021年10月13日(水) 18:00

種牡馬の道が叶わずとも終生面倒を見たい

 父サンデーサイレンス、母ウインドインハーヘアの牡馬と言えば、かのディープインパクトやブラックタイドを想起される方が多いだろう。この同じ配合で2003年に誕生したのがオンファイアである。ディープインパクトの1歳年下で、藤沢和雄厩舎に所属し、大いに期待されたが、2歳時に3戦1勝の戦績で引退。しかし、その血統的な魅力から、2007年より種牡馬入りし、生産地ではかなりの人気を博した。ディープには手が届かなくとも、同じ配合の代替種牡馬としての需要が高かったのだ。

 初年度の2007年には153頭に配合し、翌2008年にも117頭と種牡馬として上々の滑り出しであった。しかし、その後2015年までは二桁の牝馬に配合できていたものの、2016年には9頭、さらに2017年には8頭と2020年までの5年間は一桁に減少してしまった。

 18歳になった今年度は、受胎確認後10万円(フリーリターン特約付き)、産駒誕生後20万円という条件で、日高町のクラウンホースメイトにて種牡馬生活を送っていたが、受胎率が下がり、種牡馬引退が検討されるようになったという。

 そこに知人を介して「預かってみないか?」と声をかけられたのが、今年6月10日更新の拙コラムに登場して頂いた山下慎也さんである。山下さんはいわゆる新規開業組の牧場主で、牧場名はオーシャンズ・ランチ。浦河町上向別の(有)アイオイファーム分場内に馬房を借り受け、現在8頭の繁殖牝馬を管理する。
生産地便り

▲今年4月に38歳にして新規開業を果たした山下慎也さん

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▲現在は、(有)アイオイファーム分場内に馬房を借り受けて8頭を管理

 もともと引退功労馬の繋養にも関心の高かった山下さんは、オンファイアの話をすぐに承諾したという。「こんな血統の良い馬なので、できることなら何とか種牡馬としてもう一度再生させてあげたいと考えました。ダービースタリオンみたいに、自分の繁殖牝馬にオンファイアを配合して産駒を取ってみたいと思いました」とのこと。

 山下さんのオーシャンズ・ランチにオンファイアが移動してきたのは、去る9月30日のこと。18歳という年齢に加えて、受胎率低下(精液の中の精子量が少なくなっていることに起因しているらしい)など、懸念材料はあるが、山下さんはあくまで前向きである。

「私はオンファイアが仮に種牡馬として再生させられなかったとしても、馬房があって、経済的にどうにかやって行ける間は、絶対に処分などせずに余生をここで送らせてあげようと思っています。こんな名血馬なので、終生面倒を見てあげたいと考えています」と語る。

 牧場にお邪魔した時、オンファイアは洗い場に繋がれ、山下さんがホースでお湯をかけて馬体をきれいにしている最中であった。18歳という年齢のせいもあるのか、いくぶん肉が落ちている印象である。

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▲18歳になり肉が落ちてきている印象のオンファイア

 ついでに立ち写真を撮って頂けませんか、と言われ、急遽、立たせて撮影することにした。腰があまり良くないとのことで、立たせた時に軸足が短くなる。「種付けになったら後肢二本で立ち上がらなければなりませんから、結構、馬には腰に負担がかかるんですよね」と、以前他の牧場で勤務していた時に種牡馬の管理も経験がある山下さんは言う。

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▲オンファイアは今後も種牡馬として繋養していく予定だそう

 今後は、まず繁殖登録をすること、そして、試験種付けをして、生殖能力があるかどうかを検査しなければならないらしい。今の段階では、あくまでオンファイアを種牡馬として繋養する前提で考えている山下さんだが、「先ほども言った通り、自分の種牡馬と繁殖牝馬を配合する、というのは生産者にとって究極の夢ですからまずはそのつもりで手を尽くしてみたいとは思いますが、種牡馬としてダメならダメでも良いんです。とにかくこの馬のこれからの生活を支えてあげられたらそれで良いと思っています」と繰り返した。

 オンファイアは手のかからない大人しい性格だという。「これならば、種牡馬を引退しても去勢する必要がないくらいですよ」とのこと。ハミやチェーンなどを装着せずとも普通に引いて行ける、らしい。

「とにかく、せっかく私の牧場に来てくれた馬なので、競走馬のふるさと案内所を通じて、見学希望は受け入れるつもりでいます。これだけ名前の知られた馬ですから、ファンの方はぜひここに会いに来ていただきたいですね」と山下さん。

 オンファイアの老後の生活はこれで安泰と言えそうだ。

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田中哲実

岩手の怪物トウケイニセイの生産者。 「週刊Gallop」「日経新聞」などで 連載コラムを執筆中。1955年生まれ。

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